第14話 だらしない同級生

「守谷~。ヤバいよヤバいよ~。スクランブルだよ~」


席替えが終わった後の休み時間。

 友江が切迫感の漂わない間延びした口調で声を掛けてきた。

 たぶん、ろくな用件じゃないだろう。

 早々に悟った僕は聞こえないふりをした。


 すると耳元に「――ふうっ」と吐息を掛けられる。


「――うわあっ!? な、何するんだよ!」

「だって、守谷が私のこと無視するから。ホントは聞こえてたくせに。好きな女の子には冷たい態度を取っちゃうタイプか~?」

「まず僕がいつ友江のことを好きになったんだよ……」

「そんなの見てれば分かるっしょ。私と話す時の守谷の目には、エロ漫画みたいなハートマークが浮かんでるからねー」

「本当にそう見えるなら、目医者に行った方がいいのでは?」


 後、例える時にエロ漫画という表現を使うのはどうなんだ? あ、アレかあ、とすぐにピンと来る人は少ないと思うが。


「……それより。どうしたんだよ」


 このまま不毛な問答をしていても仕方がない。

 観念して聴くことにした。


「何だかんだ聞いてくれるんだ。やっさしー」


 友江はヘラヘラしながらそう言うと、


「やー。実は次の数学の授業の宿題、忘れちゃってさー。今からじゃ間に合わんし。守谷はちゃんとやってるでしょ?」

「やってるけど。……それが?」

「お願い。見せてちょ♪」


 友江はにへらと笑いながら言った。

 プライドもへったくれもない人間だけが浮かべられる笑みだった。借金癖のある親戚が揉み手をしながら金を無心しに来るときのような。

 僕は何も言わずに前へと向き直った。


「おーい。守谷。モリモリ。旦那。お代官様~」


 友江が背中をツンツンしながら呼びかけてくる。


「……もー仕方ないなー。まだ満足できないの? この欲しがりめー。ダーリン♪ はいこれでいいんでしょ」

「いや。呼称云々の話じゃなくて。……友江、いつも宿題やってないだろ。たまには自分の力でやったらどうなんだ」

「人間、そう簡単に変われると思うなよ~?」

「堂々と開き直ってきたな。おい」

「私の理念はあくまでも現状維持。宿題は他の人に見せて貰って楽したい。というか単純にやる気がしないんだよねー」

「じゃあ、もう宿題しなくていいし、提出もしなくていいだろ」

「それだと私、留年しちゃうでしょーよ。タダでさえ遅刻が多いのに。来年、私が守谷の後輩になったらイヤでしょ?」

「別にイヤではないけど……。僕には関係ないし」

「留年したら、校内で守谷の姿を見かける度、『私の留年の原因を作った先輩! 今日も元気そうですね!』ってウザ絡みしにいくから」

「前言撤回するよ。それは滅茶苦茶イヤだ。……というか、さりげなく僕のことを加害者に仕立てようとするのは止めろ。自業自得だろ」

「ねー。一生のお願い~。人間、持ちつ持たれつって言うじゃーん」


「僕が友江に助けられた記憶が思い出せないんだけど。僕たちの関係は『人』という文字みたいに対等じゃない気がするけど」

「私にとっての人と言う字はカタカナの『イ』だから」

「支え合うどころか、僕が友江を持ち上げちゃってるじゃないか! 一人でいる時よりも却って重くなっちゃってるし!」

「知ってる? 人は大切なものを抱えてこそ、強くなれるらしいよ」

「それは家族とか恋人の話だろ。クラスメイトの世話は大切なものじゃないから。むしろ単なる重荷でしかないから」

「守谷。相談に乗るの得意なんでしょ? だったら私の相談にも乗ってよ。そして宿題のノートを写させておくれ。おっぱい揉ませてあげるから」

「それ相談でも何でもないだろ。後、自分のおっぱいを安売りしすぎだろ。もうちょっと丁重に扱ってやれよ」


 おっぱいが泣いてるぞ。

 ……いや、自分で言っててよく意味が分からないけど。

 友江にあてられておかしくなってしまったのかもしれない。


「はあーあ。素直に写させてくれた方が得策だと思うけどねー。もし私がこのまま留年をすることになったら、きっと後悔するよ?」

「……僕がか?」

「や。私が」

「だったら宿題やれよ」

「今からやっても間に合わないってば。守谷だけが頼りなんだよ~」

「何で僕だけなんだよ。他の生徒に見せて貰えばいいだろ」

「守谷だけは何だかんだ、私の頼みを聞いてくれそうだから。面倒見の良い奴だってことは分かってるからね~」


 友江はにんまりと微笑みながら言った。

 百パーセント言うことを聞いてくれるだろう、という確信が見て取れる。

 こんなに全力で甘えられてしまうと、何となく拒絶しにくくなる。なぜかこちらが悪いことをした気分になるからだ。


「……はあ。分かったよ。今回だけだからな。言っておくけど、答えが間違ってたとしても責任は取れないぞ」

「やりぃ♪ 守谷大好き~」


 友江は僕に抱きついてキスをしてこようとした。

 僕は慌てて友江の顔を押し戻した。

 ルパン三世のワンシーンみたいなやり取りをすることになるとは。


「いやあ。持つべきものは頼れるクラスメイトだねえ~」


 友江は鼻歌を口ずさみながら、宿題のノートを写していた。

 一度、こいつは押しに弱く言うことを聞いてくれる奴だ、と認定されたら最後だ。悪徳商法の購買者リストに載るのと同じ。

 際限なく寄生されてしまう。


「あ-……。やっぱ写すのも面倒臭くなってきた。守谷。私の分も写してよ~。このままだと手が疲れちゃう」

「それはせめて自分でやれ!」

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