第13話 席替え

学校生活にはイベントが盛りだくさんだ。

 大きなところで言うと体育祭や文化祭、修学旅行。遠足。そしてこれから行われるのは小さいながらも重要なイベント。


 ――席替えだ。


 二ヶ月に一度の頻度で行われるそれは、引いた席によって今後の学校生活の質が大きく変わる可能性を孕んでいる。


 正直に言うと僕は席替えをしたくなかった。

 変化を望まない性格だからということもある。

 けれど、現行の席は廊下側の一番後ろ。

 ガチャで例えるのならSRの位置と言える。

 これ以上の席はないだろう。


 現状よりも後退すると分かっていて、なぜ席替えをしなければならないのか。

 教卓の前の席でも引こうものなら最悪だ。

 常に教師と最前線で対峙しなければならないし、声を張り上げるタイプの教師だと唾の飛沫が飛んでくることもある。

 そうこうしている内にくじの入った箱が回ってきた。

 上部に空いた穴の中に右腕を差し入れると、折り畳まれた紙を掴む。

 辺りからは悲喜こもごもの声が聞こえてきた。


「おっしゃ! 後ろの方の席だ! しかも周りは仲の良い連中ばっかり!」

「最悪! 一番前じゃん! 立川の唾が飛んでくるし!」

「こんなことならもっと奥のくじを引けばよかった……!」


 ガッツポーズをしている者もいれば、ショックで崩れ落ちている者もいる。

 僕は祈りと共に紙を開けた。

 十番と描かれていた。

 黒板に記された席順を見やった。


 えっと。十番の席は……あった! 


 見つけた瞬間、思わず快哉を叫びそうになった。

 僕が引いたのは窓際の後ろから二番目の席だった。


 ――日が当たる分だけ今の席よりは劣るけど、充分SRの席と言っていい。僕は今回の席替えでも勝利を掴み取ることができた!


 清々しい気分と共に新しい席へと向かった僕だったが、窓際の一番後ろ――僕の背後の席に座る生徒を見て顔色を変えた。


「あー。私の前、守谷じゃん。ラッキー」


 気怠そうに机に突っ伏した女子生徒。

 顔だけを上げたまま、にへらとした笑みを浮かべている。皮肉混じりというか、醒めた雰囲気が全身から醸し出されていた。


「何てことだ……。僕の後ろは友江だったのか……」


思わず額に手をついた。


「ちょいちょい。人の顔を見るなり、げんなりした顔をするのは失礼でしょーよ。私たちの出会いをまずは喜ばないと」


 友江が低体温のツッコミを入れてくる。


 彼女――友江由利はクラスの問題児だった。

 肩に掛かる長さの髪は脱色している。

 以前、生活指導の教師に『髪を染めるのは禁止だ』と注意を受けた時、彼女は『子供の頃から水泳してたんで。強化選手だったんで』と返した。

 だが、友江に水泳の経験は微塵もなかった。強化選手どころか、けのび以外の泳法はまともにできないほどだ。要するにその場をごまかすための嘘だ。彼女はまるで息をするかのように嘘を吐くところがあった。

 友江は常に気怠そうで、言っていることが本当か嘘か分からない。


 それに重度の遅刻魔だ。

 まともに一時間目から登校してきているのを見たことがない。

 だいたい二時間目か三時間目の途中、酷い時には昼休みに登校してくる。しかし欠席は一度もしたことはない。

 一応、来るつもりはあるのだ。時間に間に合わないだけで。


 また彼女は性格も悪い。常にシニカルだ。

 一年の時の体育祭、優勝できずにすすり泣きをするクラスメイトたちの姿を見て、友江は腹を抱えて笑っていた。


 曰く――。

『何でこんなに熱くなってるんだろ。この人たち。時給も出ないのに』と思ったら自然と笑いがこみ上げてきたらしい。

 とんでもない奴だ。

 当然のように友江はクラスメイトたちから反感を買った。

 本人が馴れ合いを好まない性格ということもあり、今のクラスになってからも、友達と呼べるような存在はいなかった。


 ただ――。

 友江は僕にだけはやたらと絡んでくるのだった。


「私たち、同じ腫れ物同士なんだしさー。仲良くしよーよ」

「誰が腫れ物だ。いっしょにしないでくれ」

「けど、私はクラスの連中と群れないじゃん? 守谷もそうじゃん。端から見たら私たちは同じ穴の狢でしょーよ」

「違う。僕は友江みたいに体育祭で皆を笑ったりしない」

「や。別にバカにしてやろうなんて思ってないって。皆が泣いてる姿を見てたら、自然と笑っちゃっただけだって」

「余計にタチが悪いだろ。それは」

「しっかし、守谷の後ろの席っていうのは愉快だねえ。背後を取ってるから、暇つぶしにちょっかいかけ放題プランじゃん」

「携帯プランみたいに言うな。だったら定額料金払え」

「守谷が?」

「そっちがだよ! 何で被害者側がお金払うんだよ!」

「何して遊ぼうかな~。授業中、守谷の背中にシャーペンの芯を刺して『鬱』の文字のタトゥーでも彫ろうかなあ」

「文字数の多い漢字を彫ろうとするのは止めろ!」


 いや、少なければいいというものでもないけれど。

 僕は叫んでから、ため息をついた。

 席替えガチャで見事、SRを引くことができたと思っていた。

 でも友江がいることでR並みの価値に落ちてしまった気がする。


 ……いや。下手をするとNということもあり得る。

 ――と。その時だった。


「二人とも、随分仲よさそうだね」


 僕たちの間に割り込んできた声。

 僕の低い声とも、友江の脱力した声とも違う。澄んだ芯のある声音。見ると、隣の席に微笑みをたたえた白石の姿があった。


「ふふ。守谷くんの隣の席を引いたの。これからよろしくね♪」


 ――白石さんが僕の隣の席だって……?


 友江が後ろの席ということで一時はRにまで暴落していた価値が、白石が僕の隣の席になったことでSSRにまで高騰した。


「おお~。優等生の白石さんじゃん。よろぴく~」


 友江はなおも机に突っ伏したまま、だらけきった声で手を挙げていた。

 ちょっとだけ皮肉が混じったような口調。

 他のクラスメイトなら戸惑うかむっとするところだろう。でも、人間ができている白石は微笑みを崩さずに答えた。


「……こちらこそ。よろしくね。友江さん」


 何か火種のような匂いを感じた。

 学校一の優等生である白石と、学校一の問題児である友江。

 二人は正反対の存在だ。

 何か波乱が起きるようなことがなければいいが……。

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