第8話 昼休み

 昼休み。

 僕は食堂の購買部で焼きそばパンを買うと、図書室へと向かった。


 図書室は本館校舎の四階に位置している。他には視聴覚室があるだけで、昼休みになると海の底のように静まり返る。それが好きだった。

 図書室の手前の廊下にはいくつか机が設置されている。飲食用スペースだ。

 ただしそれは公認のものではない。

 もう使われなくなった机を先生方が廊下に放置していたら、めざとい生徒がこれ幸いと勝手に使い始めただけだ。


 ――というか、それは僕なんだけども。


 椅子に腰を下ろすと、購買部の袋から焼きそばパンを取り出す。袋の擦れるガサガサという音がやけに大きく響いた。


「いただきます」


 封を開け、さあ食べようかと口を開いた時だった。


「ふふ。守谷くん。本当にここにいた♪」


 僕の前に白石が立っていた。慌てて口を閉じる。


 ――白石さん!?


「へー。ここが守谷くんの秘密の場所なんだ。静かで良いところだね。私、普段はこの階には来ないから新鮮かも」


 後ろ手を組みながら、辺りを興味深そうに見回していた。

 彼女は普段、教室でクラスメイトたちと机を囲んでいる。お弁当のおかずを交換したり時折笑いが弾けたりと、終始賑やかに食べていた。

 それはとても華やかな光景だ。


白石は焼きそばパンを手にしたまま呆然とする僕に気づくと、


「あ。どうぞどうぞ。私のことはお気になさらず。食べてね」

「いや、気にするよ! 何でここに?」

「この前、昼休みはいつも図書室の前の机で食べるって言ってたから。どんな感じなのかなって様子を見に来たの」

「川に流れ着いたアザラシを見に来るみたいな?」

「あはは。ちょっとだけ近いかも。だけど安心して。石を投げたり、スマホを取り出して写真を撮ったりはしないから」

「まあ。今の僕を写真に撮ってSNSにアップしてもバズらないだろうし」


 むしろ炎上しそうだ。

『図書室の前でぼっち飯してる奴』みたいなタイトルで上げたら。

 まさか、白石がそんなことをするとは思えないが。


「ねえ。私もいっしょにここで食べてもいい?」

「えっ!?」

「じゃーん。今日は私も購買部でパンを買ってきたの。メロンパン。結構人気で、最後の一個だったんだよ。運が良いでしょ」

「…………」

「どうしたの?」

「……いや。僕はてっきり『こんなところで一人で食べてないで、教室で皆といっしょに食べようよ』とか諭されるのかと」


 白石はクラス委員長を務めるほど責任感のある女子だ。

 僕がここで一人昼食を食べるのを知り、それを見過ごせないと思い、教室に連れ戻すためにやってきたのかと。


「ふふっ。そんなこと言わないってば。どこで誰と食べようが自由だもん。私はただ守谷くんと相席したいだけ」


 違った。

 けれど、それが不可解だから困った。

 白石が僕と相席したがる理由なんてあるだろうか?


 ――ああ。分かった。この前の恋愛相談の続きがしたいんだな。


 食事を共にすると双方共に心の距離が縮まりやすい。

 互いにリラックスした状態で話をしたいってことか。

 それなら納得だ。


「特におもてなしとかはできないけど。それでもいいなら」

「ありがと♪ お邪魔するね」


 白石は机を挟んで僕の対面へと座った。

 図書室前の廊下は薄暗い。

 そんな場所にいてなお、白石の存在感は凄かった。

 モノクロの世界に一人だけ輝きを放っている。


「いただきますっ」


 白石はメロンパンの袋を開けると、手を合わせた。

 メロンパンを小さくちぎると、口にする。

 ああ、いいな、と僕は思った。

 小さな口でモムモムとメロンパンを食べる様子もそうだけれど、何よりも食べる前に手を合わせるというところが。


「久しぶりにメロンパンを食べたけど、美味しいね」

「普段、白石さんは弁当だっけ?」

「うん。朝早くに起きて、お兄ちゃんと自分の分を作ってるの。今日は購買で買うつもりだったから作ってないけど」

「へえ。白石さん。料理もできるんだ。凄いな」

「全然。今は動画サイトとかで作り方も全部見られるから。その通りに作ったらまず失敗するようなことはないしね」

「でも、お兄さん、悲しんでたんじゃない? 普段、白石さんに弁当を作って貰ってるのに今日はなかったから」

「あはは……。凄い嘆かれた。私の作ったお弁当が食べられないなんて、俺は何を拠り所にして今日を生きていけばいいんだって。おいおい泣き始めちゃったものだから、面倒になってお兄ちゃんの分だけは作ってあげたけど」

「白石さんも大変だね……」


 お兄さんの世話はさぞ疲れることだろう。


「守谷くんは兄弟いるの?」

「いいや。僕は一人っ子だよ」

「何かそんな感じするよね。欲しいと思ったことは?」

「ないかな。兄弟がいたら争いが発生するかもしれないから。一人なら自分の心持ち次第で平穏に過ごせるだろ」

「兄弟がいたら、毎日平穏とは程遠いよ~?」


 白石は呆れと冗談交じりにそうこぼした。

 僕は思わず苦笑を浮かべた。


「そういえば」

 と彼女は話が一旦落ち着いたところで切り替えた。

「今、私たちは二人きりでご飯を食べてるわけだけど。ここに他の生徒が通りかかったらどういう風に思うかな?」

「というと?」

「噂になるかもしれないね。私と守谷くんが付き合ってるかもって」

「いや。それはならないんじゃないかな」

「そう?」

「うん。何か僕に相談を持ち掛けてるんだろうな、って思うんじゃないか。付き合ってるとは思われない気がする」


 僕と白石では学校内での立ち位置が違いすぎる。

 ピーチ姫とクリボーがいっしょにいても恋仲とは思わないだろう。クッパに命じられての護衛か踏まれる五秒前かのどちらかだ。

 他の生徒からすると目にも留まらないはずだ。

 その時、机に置かれていた白石のスマホが着信音を鳴らした。


「――あ。友達からメッセージ来てた。ごめん。私、行かなきゃ。今日はもうすぐ委員会の集まりがあるって忘れてた」

「そうか。頑張って」

「うん。またお邪魔させてもらってもいい?」

「構わないよ」

「ありがとう」


 白石は席を立つと、僕に小さく手を振って階段を下りていった。

 ……あれ? 結局、恋愛相談の話にはならなかったな。じゃあ、もしや、白石はただ単に僕と昼食を摂りたかっただけ?

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