第9話 二度目の恋愛相談

「守谷くん。また相談に乗って貰ってもいいかな?」


 白石からの二回目の恋愛相談。

 それを持ちかけられたのは数日後のことだった。

 放課後、特に予定があるわけでもない僕は了承した。前回と同じように窓際にある白石の机を挟んで対面に座った。


「実はね……あれから何の進展もないの」

「そうなの?」

「守谷くんに貰ったアドバイス通り、積極的に話しかけるようにしたんだけど。今ひとつ響いてる感じがしなくて……」


 嘘だろ?

 白石に積極的に話しかけられて落ちない男子なんているのか?

 僕はこの前、教室で話しかけられただけでドキドキしたのに。図書室の前でいっしょに昼食を食べた時には完全に心を鷲づかみにされた。


「なるほど。だから白石さんは悩んでたのか」

「えっ?」

「ほら。この前の英語の授業の時、先生に当てられて珍しく動揺してたから。そのことで頭がいっぱいだったのかなって」

「べ、別にいっぱいだったわけじゃないよ!? それだとまるで私がその人のことしか頭にないみたいに聞こえちゃうから!」


 白石は顔を真っ赤にして反論してくる。

 形のいい耳が熟れていた。


 ……食い気味に否定してくるのが答えなんだよな。普段の白石さんなら涼しげな笑みと共にやんわり否定するだろうし。


「ラインの返事が返ってくるの遅かったら、面倒だと思われてるのかな……とか、あの人は今頃何してるのかな……とか考えたりすることはあるけど。私は全然、その人のことしか考えてないわけじゃないよ? 他にも色々と考えてるし」


 ……しかも言葉数まで多くなってるし。

 言い訳を継ぎ足せば継ぎ足すほど、却って嘘っぽく聞こえる。

 けど、学校一の美少女である白石をここまで入れ込ませてしまうなんて。その想い人とやらは相当魅力がある男子なんだろうな。


「守谷くん。私、どうすればいいかな?」

「うーん。そうだなあ……。僕も有益なアドバイスができるかは分からないけど。その人の趣味を攻めるのはどう?」

「趣味?」

「その人の趣味に自分も興味を持って近づいていくんだ。そうすれば相手の人は白石さんに親近感を持つかもしれない」


 僕は白石に尋ねた。


「ちなみにその人の趣味とかは分かる?」

「本を読むのが好きみたい。特に小説かな」

「へええ。それは良いね」


 僕と同じじゃないか。

 読書が好きな人は少ない。一クラスの内に二、三人いれば良い方だ。下手をすると一人もいない可能性だってある。

 小説を読むという趣味はそれほどマイナーなものなのだ。

 しかし、白石の好きな相手の趣味が読書とは。

 急に親近感が湧いてきた。


「あのさ。白石さん。今度、良かったら僕にその人を紹介してくれないかな。同じ趣味の者同士色々と話してみたいんだ」

「えっ!? そ、それはムリじゃないかなあ……」

「どうして?」

「えーっと……あ、そうそう! 私が守谷くんにその人を紹介しようとしたら、私の好きな相手がバレちゃうから!」

「やっぱりバレたらマズいの?」

「マズいよ! 少なくとも今バレるのは絶対にダメ! もしバレたら私は枕に顔を埋めたまま定年まで動けなくなっちゃう!」

「ええ!? そんなに!?」


 今から定年までだと、四十年以上もあるけど。

 人生百年時代を考えると、定年が更に伸びる可能性もあるけど。

 よほどバレたくない事情でもあるのだろうか。


 ……まあ。誰だって自分の好きな人を明かすのは恥ずかしいか。今までの相談の中でも相手が匿名の案件は多かったし。


「分かった。残念だけど、諦めるよ」


 僕の同好の士と語りたいという欲求のために、負荷を強いることはできない。

 ここは素直に引き下がることにした。

 白石はほっと胸をなで下ろしていた。


「でも今、守谷くんの反応を見てて確信した。その人の趣味に興味を持てば、相手は私に親近感を覚えてくれるんだね」

「間違いないと思うよ。周りに同じ趣味を持つ人がいない場合は特に」


 誰しも皆、自分の好きなものを好きになって欲しい。

 同好の士が増えるのは大歓迎だ。

 ただその際に注意しなければならないのは、新規に入ってきた人たちに対して古参の者がマウントを取らないこと。

 新規参入のなくなったジャンルは廃れるものだ。

 自戒も込めて肝に銘じておきたい。


「じゃあもう一つ質問。もし守谷くんが私の好きな相手だったとして、私にこうされたら嬉しく思うみたいなことはある?」


 うーん。

 読書好きの人が白石にされて嬉しいことか……。


「オススメの本を訊いて貰えたら嬉しいかもしれない。で、それを薦めた後、白石さんに読んだ感想を教えて欲しいかな」


 自分の好きな本を、相手はどういうふうに読んだのか。

 色々と聞いてみたい。


「うんうん。他には?」

「後はまあ……お互いに自分の好きな本を薦め合ったりとか。好きな作家さんの話とかができたら嬉しいかな」


 何せ普段、話す機会が全くないから。

 漫画や映画だと同好の士が割とすぐに見つかるが、小説の場合は名作を読んで高まった熱の持って行き場がないのだ。

 ネット上に吐き出すのもいいが、どうせなら現実でも話したい。


「ありがとう。参考にするね」


 白石は深く頷きながらそう言うと、


「ちなみに守谷くんのオススメの本は?」

「え? 僕?」

「うん。教えてくれたら嬉しいな」


 僕は瞬時に自分が読んだ中で白石が好きそうな本を脳内で検索した。確か彼女は以前に恋愛ものが好きだと言っていたはず。

 なら……。

 僕は恋愛ミステリーの小説のタイトルを挙げた。


「よーし。守谷くん。私、頑張ってみるから」

「うん。応援してるよ」


 白石は胸の前でぐっと拳を握りしめていた。

 彼女は入学以来ずっと首席ということもあり、とても勉強熱心だ。そのことを僕は後に身を以て知ることになる……。

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