第6話 積極的に話しかける

『守谷くん。これからも相談に乗ってね♪』


 僕は昨日、白石から送られてきたメッセージを思い出していた。

 白石の好きな相手か……。

 白石は彼の人柄についてこう話していた。頼りがいがあって、勇敢で、優しくて、男子にも女子にも優しい人だと。

 ……ホント、僕の対極にいるような人だな。掠りもしてない。


「守谷くん。おはよう♪」


 朝。僕が教室に登校し、自分の席で本を読んでいた時のことだった。突如として白石の声が降り注いできたから驚いた。

 顔を上げる。白石の微笑が僕に向けられていた。


「えっ? お、おはよう……」


 気圧されながらも挨拶を返した。


「どうしたの? 僕に何か用? ……もしかして相談の件かな。だったら、教室は人が多いし場所を変えた方が……」

「ううん。特に用はないけど。守谷くんと話したかっただけ」

「ええっ!?」

「ふふっ。何そのリアクション。そんなにびっくりすること?」

「いや。白石さんがまさか用もなく僕に話しかけてくるとは思ってなかったから。普段は華やかなグループの人といっしょにいるし」

「私と守谷くんはクラスメイトなんだもん。何もおかしいことじゃないよ。私はただ自分の話したい人と話したい。それだけ」


 白石はきっぱりと言い切ると、


「――あ、今の台詞、何か少年漫画の主人公っぽくなかった? 私の背景にドン! って文字が見えたんじゃない?」


 冗談めかしたように微笑みかけてきた。

 ……やっぱり可愛いな。


「それより守谷くん。さっきはどんな本を読んでたの?」

「小説だよ。こんな感じの」

「へー。『猫を抱いて象と泳ぐ』ってタイトルなんだ。面白い?」

「面白いよ。チェスを指す少年の成長譚なんだけど。対局のシーンでは自分が盤面の海に潜ってるような気分になれるんだ。恋愛要素もあるし」

「そっか。恋愛要素があるなら私でも楽しめそう。でもあれだよね。守谷くんって何だかチェスとか将棋とか強そう」

「ああ。子供の頃は青空将棋をやってるお爺さんに混じって将棋をしてたから。そこそこ腕は立つかもしれない」


 僕の家の近所には児童公園があって、藤棚の下のところに、定年後暇を持て余した老人たちが集って青空将棋をしていた。僕と同年代の子供たちは皆、野球にサッカーにと公園内を元気よく駆け回っていた。けれど僕は老人たちと将棋に勤しんでいた。児童公園竜王戦を制したこともある(総参加人数八人)。

 たぶん、そっちの方が性に合っていたんだと思う。


「なるほど。守谷くんの落ち着いた雰囲気はそこで培われたのかもね」

「はは。人からはよく覇気がない。その年でもう枯れてるって言われるけど。膝の上に猫を乗せて縁側でお茶を啜ってそうだって」

「ふふっ。確かにそんなイメージあるかも。守谷くん、絶対動物に好かれるでしょ」

「とんでもない。むしろめちゃくちゃ嫌われてるよ。登校する途中、犬を飼ってる家の前を通りかかったら絶対に吠えられるし。普通、猫が人間を見たら逃げるものなのに、僕の場合は襲ってこられるし。舐められてるのかもしれない」

「そうなんだ。じゃあ、良いハンターにはなれないね」

「ハンター?」

「HUNTER×HUNTERの一巻でカイトが言ってたよ。良いハンターってやつは、動物に好かれちまうんだって」

「いや。別にハンターになるつもりはないから構わないけど」


 というか、白石、少年漫画とか読むのか。

 あのお兄さんの影響だろうか。お兄さんがいる子って結構、お兄さんが買ったジャンプを読んだりするって言うし。


「ちなみに私は良いハンターになれる素質があるよ」

「動物に好かれてるのか?」

「うん。近所に大型の犬がいるんだけどね。その子は私を見ると、いつも駆け寄ってきて足下に抱きついてくるの。それで腰をヘコヘコと動かすんだよ。ふふ。これは間違いなく私に懐いてるってことだよね」

「…………」

「どうしたの? 黙りこくって」

「いや。別に……」


それはたぶん、懐いてるとかじゃなくて。その犬が発情期だからだと思う。――ということはもちろん口にしない。

 時には知らなくてもいい真実もあるのだ。


「守谷くんはチェスや将棋が得意って言ってたけど」


 僕の妙な沈黙に何かを察したのだろうか。

 白石は上手い具合に話を切り替えてきた。

 この辺りの空気の読みっぷり、さすがクラスの中心にいるだけのことはある。


「私はチェス的なゲーム、全然ダメなんだよね。何手も先が読めなくて。いつも次の手は直感でえいって決めちゃう」

「意外だったよ。白石さんは勉強もできるし、そういうのも得意なのかと」

「私、考え込むとどんどん深みに嵌まっていっちゃうタイプだから。最終的にてんで見当違いな答えを出しちゃうことが多いんだよね。それよりは、これだ! って咄嗟に閃いた選択肢を選んだ方が上手くいくみたいな」

「僕は真逆だよ。直感で選んだ答えはだいたい失敗する。だから、なるべく立ち止まって思考して正解の確率を上げてるんだ」

「ふふ。私たち、話せば話すほど正反対だね」

「確かに」


 光と影。太陽と月。白鳥とカラス。そんな感じだ。

 けれど、白石は違う例えを用いてきた。


「まるで磁石みたいじゃない?」

「磁石?」

「私がS極だとすれば、守谷くんはN極。正反対だからこそ、互いに惹かれ合うこともある……かもしれないね」

「えっ? それって……」

「ふふ。どういう意味でしょう♪」


 白石は茶目っ気を含ませた笑みを向けてきた。

 これはズルイ。

 この人は誰にでも僕のようにフレンドリーに接しているのだろうか。

 だとすれば天性の人垂らしと言わざるを得ない。

 普通の男子なら、今ので完全に勘違いして惚れていた。

 そして思い切って白石に告白して、あっさりとフラれていたことだろう。今まで数多の被害者が出ているに違いない。


 ただ僕は白石に好きな人がいることを知っている。頼りがいがあって、勇敢で、男子にも女子にも優しい想い人がいると。

 だから、勘違いするようなことはなかった。

 危ない危ない。

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