第5話 メッセージと完璧な作戦

 夜。自宅のリビング。

 私はソファにうつ伏せに寝転びながら、スマホの画面を見つめていた。そこには今日手に入れた守谷くんのIDが表示されていた。


 ――ふふ。守谷くんの連絡先、ゲットしちゃった。計画通り! これでいつでもお互いメッセージのやりとりができる!


 それにしても……。


「守谷くんのアイコン、初期設定の影のままなんだ」


 何も設定しなかった時に出る灰色の人影だった。

 上下に並ぶ他の子のアイコンは自撮り写真だったり、友達と観光地に行った時に撮った集合写真だったり、趣味のものだったりとカラフルなのに。

 無機質な灰色の人影アイコンは却って目立って見えた。


 ……守谷くん。普段はあんまりラインとかしないのかな? ふふ。家にいる時もずっと本ばっかり読んでそう。私としては安心できるけどね。


 だけど、アイコンが彼女との自撮り写真じゃなくて良かった……! もしそうだったら私は卒倒していただろう。


 ――守谷くんにメッセージ送ってみようかな。せっかくラインを交換したんだし、何もしないっていうのも勿体ないよね?

 ……でも、何て送ればいいんだろう。『今、何してる?』とか? いやいや! 用もないのに送ったら面倒な女だと思われるかも!


 悩んだ末に私はこう送ることにした。

『守谷くん。白石です。メッセージ届いてますか?』

 無難オブ無難。

 だけど、まあ、最初はこんなものだろう。

 たったこれだけのメッセージを何度も推敲した後、送信ボタンを押した。

 その瞬間からソワソワとした気分が収まらない。


 ――うーん。既読にならないなあ。守谷くん、家ではスマホ見ないのかな。それともお風呂に入ってるとか?


 私がスマホの画面に釘付けになっていると、


「おう。真奈。冷蔵庫に入れてあった俺のタピオカミルクティー知らねえか。いくら探しても見つからないんだが」


 風呂上がりのお兄ちゃんが私に声を掛けてきた。


「あー。それなら私が飲んじゃった」

「なにぃっ!? おまっ……! 俺の楽しみを……! おしゃれな容器をインスタに上げようと思ってたのに……! いいねが……! もしかしてあれか? 真奈は自分の買ったものだと勘違いして飲んじまったのか!?」

「ううん。お兄ちゃんのだろうなーって認識した上で飲んだ」

「しかも確信犯だった!? 妹よ! いつからそんな性悪女になったんだ! 俺はお前をそんな風に育てた覚えはねえ!」

「私も別にお兄ちゃんに育てられた覚えはないけど」


 私はそうツッコミを入れてから、


「お兄ちゃん、今まで私の買ってきたアイスを勝手に食べてたから。累積で三回溜まったからたまには逆襲しようかなって」

「うっ……! それを言われると、兄ちゃん何も言えねえぜ……! まあ、真奈に飲まれたのならタピオカも本望だったろうよ」

「勝手にタピオカの気持ちを代弁するのはどうかと思うけど」それにたぶん、タピオカは別にそんなこと思ってないよ。

「というか、不良がいいね欲しさにインスタにおしゃれな写真上げるのはどうなの?」

「兄ちゃんは承認されてえんだよ! たくさんのフォロワーに囲まれてカリスマとして名を馳せたいんだよ!」

「今の発言は一番カリスマとは遠いところにあるけどね」


私は顔の向きをスマホから外さないまま言った。

 その時だった。メッセージの着信音が鳴り響いた。

 私は弾かれたように画面を見る。


『守谷です。メッセージありがとう。ちゃんと届いてるよ』


 返事が返ってきた!


「~♪」


 思わず鼻歌を口ずさんでしまう。


「真奈、随分と機嫌が良さそうじゃねえか。足をパタパタさせてよ。何だ? 嬉しいことでもあったのかよ?」

「べ、別に? 友達とラインのやりとりしてるだけ」

「普段は友達とラインしてても、そんなふうにはならないだろ。――はっ! もしかして相手は男じゃないだろうな!?」

「えっ!?」


 図星を突かれてドキリとした。

 さすがお兄ちゃん。伊達に私のことを溺愛していない。


「男だろ! 男なんだな!?」

「ち、違うってば! というか、だったら何なの?」

「メッセージ一つで真奈をこんなに浮かれさせる男……。ただ者じゃねえ! 兄として俺がそいつのことを見定めてやる!」

「見定めるって、いつものように恫喝するだけでしょ! ダメだからね!? 後、相手は別に男子じゃないから!」

「じゃあ女子なのか? 女子とのラインでそんなに浮かれてたのか?」

「う、うん」

「そうか……。女の子同士はアリだ。尊い……。お兄ちゃんは介入したりしない。それは何よりも重い罪だからな」


 良かった。どうにか誤魔化せたみたいだ。

 というか、私、そんなに浮かれてたの?

 自分ではそんな風に思ってなかったけど。

 守谷くんを手のひらの上で転がすつもりが、私が転がされていた?


 ……いやいや。お兄ちゃんが大げさに言っているだけだ。私は努めて冷静。ミイラ取りがミイラになったりはしない。


 今日の放課後。私は守谷くんに恋愛相談をした。その中で好きな人にどうアプローチをすればいいか尋ねたら、こう答えてくれた。


 ――白石さんに話しかけられたら、基本、どんな男子も嬉しいと思うから。積極的に会話をすればいいんじゃないかな。


 私はその言葉を信じて、明日から守谷くんに積極的に話しかける。

 そうすれば、守谷くんは『白石さんの好きな人って、僕なのでは?』と思って私に告白をしてくれるに違いない。私の好きな人は頼りがいがあって、勇敢で、優しくて、男子にも女子にも優しい人だという布石を撒いてあることだし。

 向こうがお膳立てしてくれたプロポーズ。

 なら、後は私が首肯するだけで百パーセントの確率で結ばれることができる。


 ふふ。完璧な作戦だよね。

 そのためにも守谷くんをその気にさせてみせるんだから!

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