第4話 恋愛相談

「ねえ。守谷くん。今日の放課後、ちょっと時間いいかな? 個人的に相談したいことがあるんだけど……」


 白石に声を掛けられたのは昼休みも終わりのことだった。

 両手を合わせながらお願いのポーズを取る彼女はとても可愛らしかった。だからということでもないが僕は即決した。


「うん。別に構わないよ。放課後は特に用事もないし」


 運動部の生徒なら忙しいのだろうが、帰宅部の僕は時間を持て余していた。可処分時間が他の人よりもずっと多いのだ。


「ありがとう。よろしくね。……あ、そうだ。守谷くんっていつも昼休みが始まるとすぐに出ていっちゃうけど。どこに居るの?」

「図書室だよ。図書室の前の廊下に飲食可能の机があるから。そこで購買の焼きそばパンを食べてから本を読んでるんだ」

「一人で?」

「そうだけど」

「もしかして、守谷くんは他の人と食べるのは嫌い?」

「いいや。そこは人気の少ない落ち着いた場所だから。他の人といっしょに食べるということ事態が嫌いなわけじゃない」

「ふーん。へーえ」

「どうしたんだ? やけにニヤニヤして」

「ううん。何でもない。大きめのチャンスを見つけたな、と思っただけ。ふふ。それじゃまた放課後にね」


 白石はそう言い残すと自分の席へと戻っていった。

 大きめのチャンスって何のことだろう……? 

 しかし、白石が僕に相談か。完璧美少女にも何か悩みがあるのだろうか。他人と関わる限り悩みというものは尽きないのだろう。

 誰とでも百パーセント上手くやれる人なんていない。

 だから世の中には物語が溢れている。


 放課後。終礼が終わると、生徒たちはバイトに部活にと散り散りになる。がらんどうになった教室には僕と白石だけが残っていた。

 窓際にある白石の席を挟んで僕たちは対面に座る。

 夕陽を透かしたカーテンが橙色に染まり、野球部の掛け声が聞こえてきた。


「クラスの子たちに聞いたよ。守谷くん。皆の相談を聞いてあげてるって。男の子からも女の子からも評判いいみたいだね」

「ああ。やっぱりそこからの話だったんだ」


 たぶん、人伝てに噂を聞いたのだろうとは思っていた。

 白石が前情報なしに僕個人に相談を持ちかけるほど、僕たちの関係は深くない。この前まではろくに話したこともなかったのだ。


「最初は一人の相談を聞いて終わるつもりだったんだ。けど、そこから数珠繋がりで色々な人が相談してくるようになったんだよ」

「きっと、守谷くんの腕が良かったんだよ」

「僕は別に大したことは何も言ってないけど」

「それが良かったんじゃない? だいたいの人は相談を受けたら、何かしら大したことを言おうとするものだから」


 そういうものだろうか?


「それで? 白石さんの相談って?」

「うん。そのことなんだけどね……」

 白石はそっと声を潜めて言った。

「私、実は好きな人ができちゃったの」

 まるで世界の秘密を打ち明けようとする時のような声色だった。

「そう……なんだ。つまり、恋愛相談?」

「守谷くんは協力してくれる?」


 白石は机の上に組んだ手の甲の上に顎を乗せたまま、ふっと微笑んだ。

 柔らかな夕陽に照らされたその仕草はとても綺麗だった。

 白石が男子生徒から異常にモテるというのは知っていた。この容姿だし、誰にでも愛想が良いとなれば当然のことだろう。

 ただ、彼女が特定の誰かを好きだという話は初めて聞いた。


「僕で力になれるかは分からないけど。それでも良ければ」

「守谷くんが相手だからこそ、意味があるんだよ♪」

「??」


 どういうことだろう? そんなに頼られてるのか? ……正直、今までに一度も彼女がいたことがない僕には荷が重い気がするが。


「ちなみにだけど。白石さんは何に悩んでるの?」

「うーん。どうすればその人を振り向かせられるかってことかな。今、完全に私の片想い状態だからアプローチの仕方に悩んでて」

「白石さんが片想いの状態になることなんてあるんだ」


 白石は常に周りの男子から片想いされているようなものだから、白石が矢印を向けたら即座に両想いになりそうなものだが。


「ふふ。守谷くんは随分と私のことを買ってくれてるんだ?」

「そりゃね。何と言っても去年のミスコン、ぶっちぎりの優勝者だし。参加してない生徒の優勝は史上初らしいよ」


 普通に参加して優勝するのも難しいのに、不参加で優勝するなんて。この学校の伝説として後世にまで語り継がれるだろう。


「なーんだ。ミスコンで優勝したからかあ」


 白石さんは唇を尖らせて何やら不満そうだった。


「ねえ。守谷くんはどういうアプローチをすればいいと思う?」

「その人はどんな感じの人なの?」

「どんな感じの人……。うーんと。頼りがいがあって、勇敢で、優しくて、男子にも女子にも優しい人かなあ」


 何だその人。人間の最終形態かよ。

 見たことないけど、たぶんそいつは少女漫画みたいに目がキラキラな気がする。それと顎が鋭利に尖っていそうだ。

 まあ。白石ほどの美少女が好きになるような相手だ。

 凄い男子なのだろう。


 ……でも、この学校にそんな男子がいただろうか? 他校の男子とか? 年上の大学生という可能性も否めない。

 ――って。別にそこの詮索は必要ない。邪推もいらない。


「なら、取りあえず、話しかけてみればいいんじゃないかな」

「話しかける?」

「白石さんに話しかけられたら、基本、どんな男子も嬉しいと思うから。積極的に会話をすればいいんじゃないかな」

「守谷くんはそうされると嬉しい?」

「え? うん。僕がその男の人だったら喜ぶかな」

「そっかそっか♪」


 白石さんは満足げにうんうんと頷いていた。


「おっけー。守谷くん。相談に乗ってくれてありがとう。もし良かったらだけど、今後も色々と話を聞いて貰ってもいい?」

「もちろん構わないよ」

「決まりね。じゃあ、ライン交換しとこっか」

「えっ!?」

「ほ、ほら。急に連絡することもあるかもしれないし? 対面よりメッセージの方が相談しやすいこともあるでしょ」

「なるほど……」


 なぜか若干テンパり気味の白石とラインを交換した。

 僕のラインにあの白石のIDが登録される日が来るとは……。よく聞く人生何が起こるか分からないという言葉は真実だった。

 ちなみに白石のアイコンはサンリオのキャラクターだった。

 女子らしくて可愛らしいなと思った。


 白石の方を見やると、彼女はスマホを抱きしめてやけに嬉しそうだった。あんなふうにニヤニヤした彼女を初めて見た気がする。

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