第3話 白石真奈の胸の内
私――白石真奈には恋人がいない。
だけど、モテないってわけじゃない。むしろ逆だ。凄くモテる。
今も三日に一度は必ず告白されるし、街を歩けば芸能事務所やモデル事務所のスカウトの人から沢山の名刺を貰う。
なのに恋人がいないのは、告白を全て断ってきたからだ。
「……だって、結局皆、上辺だけなんだもん」
中学の頃、私に告白してきた男子生徒たちは皆こう言った。
君のことが好きだ。何があっても絶対に守る。だから俺と付き合ってくれ。
まるで判を押したように同じ文言だった。
けれど、告白現場にお兄ちゃんが現れて(私が告白されるという噂を毎回、どこからか聞きつけてくるのだ)、
「お前が真奈に手を出そうとしてる奴か? ああん?」
と凄むと蜘蛛の子を散らしたように逃げ去っていくのだ。
誰一人としてお兄ちゃんに立ち向かおうとする人はいなかった。
皆、自分の身に危険を感じたらさっさと退散してしまう。
男子なんてそんなものだ。
今日だってそうだ。
校門前でお兄ちゃんや他の工業高校の人たちに囲まれていた私を、男子生徒たちは遠くから眺めているだけだった。
関わり合いになりたくないと目を逸らしていた。
完全に萎縮していた。
その中にはサッカー部のエースの江坂くんもいた。白石さんのことが好きだ、と三日前に告白してくれた人だ。他の女の子からは頼りがいがあると評判の彼だけど、お兄ちゃんたちの前では借りてきた猫のようになっていた。
だけど――。
守谷くんは違った。
あの人はお兄ちゃんたちが私を強引に連れ去ろうとしていると思って、身を挺して助けに入ってきてくれた。
結果的には勘違いだったのだけど。
お兄ちゃん相手に臆せず立ち向かった人を私は初めて見た。
――守谷くんのこと、クラスの目立たない男の子だと思ってた。いつも教室の後ろの席で小説を読んでるもの静かな人だって。
だけど、本当は誰よりも勇敢な心の持ち主だったのだ。
「守谷くん、結構、手が大きかったな……」
腕を引かれた時のことを思い出す。
華奢な体つきなのに、私の腕を掴む力は強かった。
微かに震えていて、けれど、絶対に離さないという固い意志を感じた。
彼の背中が大きく、そして広く見えた。
とても安心したのを覚えている。
夜。自室のベッドの上であの時のことを思い出すとドキドキした。この感情が何なのかは自分ではよく分からなかった。
ただ、もっと守谷くんのことを知りたいと思った。
次の日。私は学校に行くと聞き込み調査を開始することにした。
クラスの人たちに守谷くんのことについて尋ねてみる。
証言その一。女子生徒。
「守谷くん? あー。たまに相談に乗って貰ってるよ。バイト先の人間関係とか、部活の後輩を指導する時の悩みとか。え? 真奈、聞いたことない? 守谷くん、結構色々な人から相談を持ちかけられてるんだよ」
知らなかった。
守谷くん、そんなこともしてたんだ。
証言その二。女子生徒。この子も守谷くんに相談したことがあるみたい。
「何て言うか。守谷くんって聞き上手なんだよねー。男子に相談すると大体、アドバイスを送ってこようとするじゃん? けど、守谷くんはそうじゃなくて。こっちが話すことをただただ聞いてくれるんだよね。それがありがたくてさ。悩みを吐き出した後、すっきりした気持ちになれるのよ」
守谷くん。聞き上手なんだ。
確かに押しつけがましくはなさそうだよね。
相談者に寄り添ってくれそう。だから皆に頼られるのだろう。
証言その三。今度は男子生徒だ。
この人は守谷くんに恋愛相談していたらしい。
「俺、この前、同じ部活の好きだった女子に思い切って帰り道に告白したんだ。けど見事に玉砕しちまってさ。夜の公園で泣いてたんだよ。それで守谷に電話したら、俺のことを心配して夜中なのにチャリで駆けつけてくれたんだ。片道三十分掛かるんだぜ? ずっと慰めてくれたし。あいつはマジで良い奴だよ」
そんなことがあったんだ……。
守谷くんは女子だけじゃなく、男子にも平等に優しいみたい。
ますます好感度が上がった。
私がもし守谷くんと同じ立場だったら、迷いなく駆けつけただろうか。それをさらりとやってのけるのは凄いことだ。
証言その四。サッカー部のエースである江坂くん。
彼は守谷くんが人から相談を受けているということを知らなかった。
「あー。あいつな。いつも教室の後ろで本を読んでて暗いよな。陰キャってやつ? 友達にはなれなさそう」
私はその言葉を聞いた時にイラッとしてしまった。
守谷くんの良いエピソードを聞いていたから、何ら具体性のない陰キャというレッテル張りに嫌悪感を抱いてしまった。
守谷くんはあなたよりよっぽど勇敢で、しかも優しいよ。江坂くん。私がお兄ちゃんといる時に怯えて目を逸らしてたくせに。
そう思った時に、気づいてしまった。
私はもしかすると、守谷くんのことを好きになったのかもしれない。
好きな人をバカにされたから腹が立ったのだ。
……いやいや。そんな。まさか。
けれど、一度意識してしまうとダメだった。
日に日に私の頭の中を守谷くんの占める割合が大きくなっていった。
気づけば授業中も目で追ってしまっていた。
女子生徒が守谷くんに話しかけるのを見た時、嫉妬の念が胸の内を渦巻いた。私は完全に自分が恋に落ちているのだと悟った。
普通の人ならここで告白するのかもしれない。
でも、私にはムリだった。
今までずっと告白されるばかりだったから、私が誰かを好きになった時、告白するだけの勇気を持っていなかった。
もし守谷くんに告白して断られたらどうしよう……。
そう思うと、怖くてとても動けなかった。
私は自分で言うのも何だけど、小心者だ。
百パーセント大丈夫だって確証がないと踏み出せない。
……うう。守谷くん。私に告白してくれないかな……?
けれど、待てど暮らせどその気配はない。
その間も何人かの男子生徒が告白してきたけれど、全て丁重に断った。本当に告白してきて欲しい人はしてこなかった。
こうしているうちにも守谷くんが誰かに取られちゃうかもしれない。
どうにかして私の想いを伝えないと。
だけど、直接伝えるだけの度胸はない。
懊悩している時に一つの考えが降りてきた。
――そうだ。なら、向こうに告白するよう仕向けるのはどうだろう。その時に私の想いを伝えれば百パーセント成功する!
私は早速、行動に移すことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます