第27話 開かれる扉
「無事で良かった。助けに来たのに、もうあの箱の餌食になってたらって、心配してた」
だからわたしも素直にそう言えた。
「ああ。今は来てくれてよかったと思ってる。俺はクラーラの次にお前の腕を信用してるんだ」
その言葉に、思わず笑みが浮かぶ。
錬金術師としてもシーグが信用してくれている。それがとても嬉しかった。
「王妃の目的とは何だ?」
シーグの問いに、わたしは簡潔に答えた。
「王妃は、殺した相手の魂を石鍵に変えて、天翼の扉を開くつもりなの。そして神さまに、イヴァン王子をよみがえらせてもらうって」
「可能なのか?」
「無理だから、止めに来たの」
わたしは王妃を真っ直ぐ見つめる。視線が合った王妃は、悔しそうな表情をする。
「やっぱりわたくしの申し出は受けてくれないのね」
「無理です。その石鍵では、天翼の扉など開けません」
はっきりと告げる。
それでも王妃は首を横に振った。
「いいえ、死者の国の人間ですもの。しかも罪もなく、わたくしに殺された者達の魂。ならば必ず神の御許、楽園へ行くはず。その魂達が天翼の扉へ導いてくれるわ」
「ありえません」
「やってみなくてはわからないわ」
「なら、七つ目の石鍵を貴方が手に入れられないようにするまでです」
王妃は、時折近くに落ちる雷に小さな悲鳴をあげていたカーリンに声を掛けた。
「カーリン、よくお聞き」
「なっ、何よ! あたしが焦げちゃうじゃない、早くこれなんとかしなさいよ! 自分でつくったんでしょう!」
彼女は石鍵を持っていないようで、膝立ちになってじりじりと聖堂の壁へ逃げていた。
「あなたに、扉を開けてほしいの」
その言葉に、王妃へ反抗的な目を向けていたカーリンの表情が変わる。
わたしもそれが何なのか察した。
「止めなさいカーリン!」
しかしわたしの制止を、王妃もカーリンも無視する。
「カーリン。あの術をやりたかったんでしょう? 天翼の扉を開けば、錬金術師として誰もあなたをおろそかに出来なくなる。多少の嫌疑くらいは不問にしてもらえるでしょう。ファンヌだって貴方を褒め称えるはず」
「え? あんたがやるって譲ってくれなかったのに……」
驚くカーリンに、王妃は微笑む。
神の像の前にいた彼女は、そこに複数の青い石鍵を置いてから、続けて言った。
「やりたかったから、あなた呪を盗み見ていたでしょう? 知ってるわ。私はできなくなってしまうから、あなたに譲るわ」
王妃は雷の中を舞い飛ぶ青い鳥へ向かって走った。
その体が、アーチを描く雷に打たれた。一瞬で服を、髪を焦がしながら王妃は痙攣しながら倒れていく。
あまりの凄惨さに、リシェは目を背けそうになった。
その王妃の体を、青い鳥の幻影がふくれあがるように大きくなり、飲み込む。
瞬間、青い光が弾けた。
思わず目を腕で庇ったリシェは、からん、と乾いた音を耳にした。
腕を降ろすと、倒れた王妃の側に青い石鍵が転がっていた。
「そんな、自分から……」
シーグも呆然としている。
いくらなんでも、自分を犠牲にして鍵を作り出すとは思わなかったのだろう。
そこに隙があった。
一人だけ王妃に駆け寄り、青い鍵を拾い上げた人間がいた。
「ちょっ、カーリン、この馬鹿! 天翼の扉はそんなんじゃ開かないのよ!」
先ほど王妃に頼まれた事を、実行する気だ。
そうわかったものの、カーリンの方が王妃に近い。あっという間に神像の前に置いた他の石鍵を拾ってしまった。
「そこで黙って私が偉業をなしとげるのを見てるといいわ!」
勝ち誇った表情を向け、カーリンが七つの石鍵を胸に抱き、朗々と謳う。
『回れ回れ地の円環、天へ捧げられた魂の翼の元に、神へ続く扉よ来たれ!』
青い石鍵が舞い上がり、一斉にきしんだ音をたてて裂け、カーリンを囲むようにして円を成し、その向うにある世界を映す。
青黒い霧が全ての円から漏れ出し、それがやがて床に垂れるように落ちると、合わさって何かが形成されはじめた。
「……え?」
呼び出したカーリンが戸惑った声を出す。
青黒い霧は、扉の形になっているようには見えなかった。
集まり、ゆるやかな渦を巻きながら、少しずつ人の形になっていく。
「カーリン! 早く扉を閉じなさい!」
「どうして? だって青い鍵が七つ……」
「ばかっ! 使った翼の材料は何よ!? 人の魂を使ったのなら、第二の扉しか開かないに決まってるじゃない!」
わたしの叫びに、カーリンは反応を返さない。ただ「どうして」と呟きながら。集まって高く伸び上がる霧を見上げるばかりだ。
周囲を見回せば、先ほどの雷で聖堂の隅に逃げたものの、外に出られずにへたり込んでいる者、雷の余波でしびれを感じているらしい者までいる。
舌打ちしながら、わたしは側にいるシーグに告げた。
「シーグ、他の人達をみんなここから出して」
言いながら鞄の中から石鍵を取り出す。
先端に、両翼を拡げた翼のある杖。お祖母ちゃんの形見になってしまった、これは術具だ。
言い争うより先に、シーグが再度衛兵や近衛騎士達に待避を命じる。怯えていた者は促す声に従って動き、ヤーデ夫人がうずくまっている者に駆け寄ってひきずり始めた。
しかしガイストさんがシーグに詰め寄る。
「殿下がお逃げになるまでは私も!」
シーグと、それを聞いていたわたしの声が重なる。
「錬金術を使えない人間は邪魔! 死なれるのも迷惑!」
言われたガイストさんは呆然としている。
思いがけず言葉が揃ったわたしはとシーグは、顔を見合わせて思わず笑う。
「クラーラの口癖だったな」
「伝染って当然だよ。だって私だけじゃなくてシーグも、お祖母ちゃんの孫みたいなものなんだから」
あと、と付け加える。
「うちの両親については、お祖母ちゃんも教えてくれなかったことだから、仕方ないわ。だけどお祖母ちゃんは孫みたいに思ってた人を守るために死んだのよ。だからそれについて私がシーグを責めるわけないじゃない。兄弟のために親が死んだら、シーグはその兄弟を恨むの?」
わたしの言葉にシーグは目を見開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
そして二人はどちらからともなく手をつないだ。
小さい頃に、庭を探検した時や、こっそり家の外へ抜け出した時のように。
錬金術を見せられた時も、二人が術を習った時も。
初めての時はいつも二人で、手をつないで立ち向かったのだ。
ぼんやりしていたガイストさんが、ヤーデ夫人に首根っこをつかまれてひきずられていく。
その間に目の前の霧が巨大な人形へと変わっていた。
髪だと思われる場所の霧が、複数の草の蔓のように伸びてうねり、まず一番近場でへたりこんでいたカーリンを捕まえ、締め上げながら宙に持ち上げる。
まだ聖堂内にいた者達も、伸びた霧の髪に追いかけられ、慌てて戸口へ殺到する。
「どうする」
シーグの尋ねに、わたしは杖を見せた。
「つい持って来ちゃったんだけど、これ、二人じゃないと使えないの」
だから両翼の杖なのだ。
「でも一人で使えないなら、クラーラはなんでそんな物を持ってたんだ?」
「作ったのは好奇心からみたい。だけどいつも持ち歩いてたのは、何かあった時に一緒に行動してる自分の補佐役の人と使えばいいからって」
つないでいないもう一方の手で、二人は一緒に杖を握りしめる。
『止まれ天と地の狭間にある円環、魂の叫びを封じた扉よ』
わたしの言葉を、追いかけるようにシーグが唱える。
翼が幾百の鈴を鳴らしたような音を立てて砕け、その白い破片が霧を囲むように環を作る。その瞬間に強く力を吸い取られたのだろう、シーグが小さく呻く。けれど彼は弱音を吐かない。
『破壊せよ』
わたしの言葉とともに、破片が霧をすり抜け、石鍵がつくる環へと突き刺さる。
七つの環は鏡のように一斉に割れ、霧はすこしずつ空気に溶けるように消えていった。
聖堂に残ったのは、青い石鍵の破片と落下してその場にうずくまるカーリン。近くで横たわっている王妃の遺体。
そして手をつないだままのわたしとシーグだけとなった。
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