第26話 そして箱が作動する
「証人をここへ」
シーグの命令が、石造りの聖堂の中に響き渡った。
衛が、扉の向うにいた衛兵を呼ぶ。
衛兵に引きずられるようにして出てきたのは、赤髪の娘カーリンだった。
変なしびれ薬を嗅がされたという彼女は、よろけながらも衛兵につかまりながら立ち、聖堂の奥にいた王妃を指さした。
「あの人です! あの人がファンヌ様のためになるからって、私を使ってあの忌まわしい箱の材料を集めさせたんです!」
そのまま彼女はヒステリックに叫ぶ。
「私まだ勉強を始めたばかりで、だから効果とかわからずに運んでたんです! けどできた錬金術の箱の効果を知って本当に恐かった!」
カーリンの言い訳は、つい先刻リシェが語った通りの内容だったが、あの時とは打って変わって自分は何もできないフリをしていた。だがシーグ達にはそんなことなど分からない。
ただ同情しているわけでもない。カーリンが進んで王妃が殺人を犯した証言をしてくれるので、利用しているだけだ。
そもそもカーリンは、煙が出たことに乗じてシーグが近衛騎士と衛兵を動かし、踏み込んだ部屋で「放火犯」の容疑で捕まえたのだ。
当初は王妃の名前を出して、早く解放しろと騒いでいたのだが、王妃を弾劾する旨を告げたとたん、態度を変えてシーグ達へ王妃のやってきたことを洗いざらい話し始めたのだ。
丁度良い証人にはなったが、その行動からしてあまり信用すべき人間ではないことは明らかだ。
シーグは王妃に告げる。
「この娘が貴方の指示で購入した素材、そして貴方の命令で、警備隊へ協力していた人間を襲撃した者の名前も判明しています。また、六人の被害者に箱を渡した相手も、その行動の裏はとってあります。何か反論はありますか?」
豪華な衣装に身を包み、王妃は泰然とそこに立っていた。扉を背にした神の像の前で、王妃は膝を軽く折ってシーグへ一礼してみせる。
「感服いたしましたわエイセル殿下。確かにわたくしがしたことです」
あっさりと認めた王妃に、シーグは拍子抜けする。
「何のために……」
王妃がリシェを捕まえたため、あちこちで証拠を掴むこともできたシーグは、王妃の目的をまだ知らなかった。
王妃は自らを犯罪者だと認めたにしては、やけに清々しい表情をして答えた。
「あの六人は、イヴァンを裏切った者達ですもの」
そして最近妙に老けた王妃がくすくすと笑う。
「ずっとイヴァンの側にいて、あの子を裏切らない、一生側に仕えると約束したのに、亡くなったとたん、貴方の元で忠誠を誓ったのよ。誰か一人でも、イヴァンのことを惜しんでくれてもい良かったとは思わない?」
王妃の問いに、シーグは答え難かった。
息子を亡くして哀しみに沈んでいる間に、味方だと思った人間が次々と利が無くなったからと離れてしまったのだ。確かに恨みたくもなるだろう、とシーグでも思う。
そして王妃の答えは、シーグが不審に思っていた自分に関わりある貴族の子弟が殺された理由として、納得できるものだった。確かに以前、イヴァンの側にいた者だけだ。そうでない者は誰一人いない。
「可哀相なイヴァンのために、天の神の御許へ逝けるよう、私は翼が欲しかったのです」
それも子供を亡くした母親として、自然な気持ちだと思えた。
「この箱……一つ余ってしまいました。わたくし幽閉されるのかしら。処罰されるにしても、もうあの子の墓へは行ってやれないでしょうから。できたらあの子と一緒に埋めて下さいませんか?」
そして差し出されたのは、話に聞いていた飴色の質素な錬金術の箱だった。
「使えないようにしてからでも問題なければ」
「結構ですわ。ではこれを」
罪を認めた王妃に、シーグはきっと諦めてくれたのだろうと考えた。
だから箱を受け取ろうと手を伸ばし――
「シーグ! 離れて!」
聞き慣れた少女の声に、シーグは反射的に手を引いた。
王妃が柳眉をつり上げながら箱の蓋を開く。
とたんに溢れ出したのは、二人の周囲を覆うような木々、その足下を浸すような泉の幻だ。踊りながら二人の周囲を巡る、白い長衣を纏い、金の剣を二つ持った美しい女性だった。
***
わたしには、女性の姿がその後ろで歪んだ笑みを見せる王妃と重なって見えた。
そして今までの『使用済み』の箱を開いた時にはいなかった、青い鳥。
シーグが後退って幻影から離れようとする。けれど遅い。
わたしは息をきらせながら叫んだ。
『天の円環、第六の扉を開き、己が世界の雷を飲み込め!』
踊る女性が金の剣を天へ掲げて静止する。
剣の先端から雷が放たれた。
聖堂の中にいた、王妃が連れてきたと思われる侍女、シーグが連れてきた近衛騎士や衛兵達が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
箱の近くにいたシーグを、一筋の稲妻が貫こうとする。
その前にわたしが投げた石鍵がシーグの肩に当たり、その場で環を作る。シーグへ襲いかかろうとした雷は、全て黒い空間を開く環の中へ吸い込まれていく。
シーグはその隙に箱から、王妃から遠ざかった。
王妃の方も、自分が作ったものなのだから扱いは承知しているのだろう。既に神の像の側まで離れて、シーグを睨んでいた。
「なんで来たアリー!」
わたしいる聖堂の扉口まで来て、シーグは叱ってきた。
「わかってたからよ、王妃が何をするつもりなのか。シーグ、何も聞かないで行っちゃったじゃない! ヤーデ夫人、ガイストさん、早く他の人を聖堂から出して!」
背後にいた二人に頼むと、彼らは速やかに行動した。
時折壁を凪ぎ、破片をまきちらす雷に、ほとんどの者が怯えて動けなかったのだ。ヤーデ夫人とガイストさんに促され、一人また一人とわたし達の背後を通って聖堂から出て行く。
「……俺がうかつだった」
シーグが逃げていく人と王妃に視線を走らせながら呟く。
雷の音にかき消されそうになりながらも、その声はわたしに届いた。
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