第21話 最悪のお目付け役

 ある程度、犯人の口からその単語が出てくるのは予想していた。青い羽と雷は、それを模した物だと思ったからだ。

 でも王妃はなぞらえたわけではなく、本気で天翼の扉を開くつもりだという。


「ど、どうやって」


 わたしはかろうじて、その問いだけを喉から絞り出した。


「ほら見て」


 王妃がガウンの内側に、隠していた物を取り出す。

 それは硬質な術具。藍星石に似た色の六枚の石鍵だった。

 わたしは伯爵家子息の遺体の指についていた、青い破片を思い出す。


「死んだ人って天使になるって言うでしょう? だからわたくし、あの箱に仕掛けをつくっておいたの。雷に打たれた人の魂と交換で、天使になるため必要な翼を作るための力を、扉の向うから呼び出したのよ」


 石鍵は警備隊の依頼した者に回収を依頼していたらしい。

 おそらく第三分隊が先に到着した場合は、仲間だったらしいエンデに回収させていたんだ。けれど箱は隠しにくい。だからガイストが見つけて、持ち出すことができたのだ。


「予想以上に綺麗な青い石鍵でしょう? これを使えば天翼の扉は開くわ」

「そんな風に人を殺してまで作ったもので、一体何を呼び出すつもりなんですか」


 非難の響きがまじるリシェの問いに、王妃は幸せそうに微笑んだ。


「わたくしの子供、イヴァンを生き返らせるの。神さまから楽園に住んでいるはずのあの子を、返してもらうのよ」


 第一王子イヴァン。

 彼が亡くなった事は覚えている。一年半前、国民全てが一週間喪に服したからだ。

 王妃は子供を亡くした事が辛くて、こんな暴挙に出たのか。でも国王にはもう一人王子がいる。


「エイセル様……は、庶子でしたっけ」


 考えがリシェの口をついて出る。すると王妃は憎々しげに表情を歪ませた。


「あの邪魔な子供。あんな卑しい泥棒猫の子供になど、王位を渡すものですか。みんなみんな、代替品が居て良かったなどと口々に言って……」


 けれど一瞬でやわらかい表情に戻った。


「やはり王位には我が子イヴァンでなくては。でもわたくしはもう、術と引き替えにできる生命力がないみたいなの。あの子のためなら命など惜しくはないのだけど、足りなくて失敗するのは嫌なのよ」


 だからね、と王妃はわたしに近寄り、手を伸ばしてくる。

 握手をするのかと思ったが違った。皺だらけの手を伸ばしてわたしの頬に触れる。かさついた指先の感触に、身震いした。

 こうまで強い執着を見せられて、ただひたすら王妃が恐いと思った。


「我が子がよみがえったなら、貴方にはきちんと厚遇で報いますわ。生命力を奪われても、その後の生活が安定するよう、良ければそれなりの家の者との縁組みもしましょうね」

「な……っ」


 怯えていたわたしの頭の中が、一瞬で怒りの赤に染められた。

 今まであまりに日常からかけ離れた要求や申し出ばかりで、王妃の狂気に戸惑うばかりだったが、ひどく身近な話に、現実味を感じて我に返った。


「勝手に結婚相手とか決められるのは心外です! そもそもわたし、あなたの申し出は受けられません。倫理に反することはできません!」


 きっぱりと断ると、王妃の手が離れていく。


「あらまぁ。誰か好きな人がいるから、そんなに嫌がるの?」

「そんなわけじゃ!」


 否定しながらも、一瞬頭の中をよぎったのはシーグの顔だった。

 だめだだめだ、とわたしはその顔を思考の中から追い払う。あの人は貴族で隣国の人だ。なのに錬金術師とはいえ駆け出しの、平民では迷惑がかかる。だからわたし達はずっと友達のままでいなくてはならない。

 それにいつも気遣ってくれる彼に、これ以上頼るのは気が引けた。

 本当はよりかかってしまいたくても――。

 でもそんな気持ちとは裏腹に、頬が赤くなってしまったようだ。


「あらかわいい。大丈夫よ、わたくしがなんとでもしてあげましょう。だから考えてね?」


 王妃はこちらの弱点を掴んだと思ったのだろう。話のまとめに入った。


「そうそう、さすがに錬金術師をそのままにしておいては危ないから、監視だけはつけさせて頂くわね?」


 二人の侍女が扉を開き、中へ入れたのは見知った少女だった。


「カーリン!? なんで!」


 思わず叫ぶわたしに、カーリンが口の端を歪めて笑う。


「一応先に言って置くわ、あなたの錬金術は封じさせてもらったから」

「え?」


 カーリンの言葉に、驚いて自分の体を見回す。

 錬金術を封じるには、特別な術具が使われる。錬金術ととても相性の悪い石で作られ、その石が唯一反応する錬金術によって、環の形に変化する。解くには誰かの力が必要で、それ以外ではたたき壊すこともできないのだ。


 でも腕に何かを身につけてはない。

 窓の外を見た時に気付かなかったということは、首でも顔でもない。

 ようやく見つけたそれは、足首に填っていた。

 素足だということは自覚していたが、上から隠すように装飾品の足環が付けられていたため、そちらに気が向いて気付かなかったようだ。

 悔しさに歯がみする。錬金術が使えたなら、カーリンからすぐに逃げられるのに。

 その様子を見ていた王妃が、楽しそうに微笑みながら退出する。


「後で鍵がそろったら、また来るわ」


 王妃は侍女二人を連れて立ち去った。

 部屋の中に残ったのは

 カーリンと目が合うと、彼女は喜々とした笑みを浮べる。


「さぁ、あんたでどうやって遊ぼうかしら」

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