第20話 誘拐犯がわかりました

 そこで急に扉が開く。

 はっと息を飲んで振り向くと、数人が部屋の中に入ってくるところだった。

 扉を開けたのは黒い揃いの服に青の前掛けをした女達だ。リシェの母親ほどの年の彼女らは、自分達よりわずかに年嵩の女性が部屋の中へ入ると、揃えたように両開きの扉を閉める。そして扉の前に直立した。


 年嵩の女性の方は、豪華な衣装をまとっていた。

 紫の濃い紅に、それをさらに印象付ける黒と金の模様が重たい印象を加算している。

 白金というよりは白に近い色の髪は結い上げた後、光の滝のように背に流されている。前髪がかかる瞳の色は緑。そのとりあわせにわたしは声を上げかけた。

 ファンヌに似てる? いや、ファンヌよりはずっと年上に見える。

 もしここが王宮として。

 ファンヌに似ている可能性がある人など、一人しか知らない。


「どなたです……?」


 けれど確認のために尋ねてみた。


「なっ、無礼な!」


 扉の前に控えていた女性の一人が、顔を真っ赤にして怒り始めた。だがファンヌに似た衣装の女性に制されて、彼女は渋々口をつぐむ。


「久しぶりに私のことを知らない人と会ったわ。ねぇ誰だと思う?」


 わたしは戸惑う。

 気さく、と言っていいのだろうか。それとも彼女の身分から考えると、変だと思った方がいいのか。少し考えてから答えた。


「王宮錬金術師ファンヌ様に似ていらっしゃるということは、王妃様ですか?」


 四十代は越えているだろう年。そしてファンヌと王妃は従姉妹だと聞いている。だから顔が似ていてもおかしくはない。少し聞いていたよりも年が上のような気はするが。そして侍女を従えて、王宮と思われる場所で自由に動いていること。


「そこまで推測しておきながら、わたくしに『どなた』と尋ねたの?」


 王妃はおかしそうに笑う。


「いいえ、確証もないのに断定して、あとで間違っていると困るので」

「随分と慎重な子なのね。その通りよ。私はこの国の王妃よ」


 答えを聞いて、さらにわたしは警戒を強めた。

 王妃が自分を捕まえたということは、例の事件に関して口止めをしようと思っているのだろうか。それとも別の用件で、平民の自分をからかって遊ぼうとでも思っているのか。


「そんなに警戒しないで。わたくし、貴方に頼みたい事があって呼んだのですもの」

「呼んだ……というには少々乱暴ではないでしょうか。強引に侵入して、家の窓を割られたんですけど」


 丁寧な言葉ながら、わたしは思わず反論してしまう。

 わたしの家は修理しずらいのだ。職人を呼んで修理してもらう間、門や家を守る術をゆるめなくてはならないし、シーグには決して出てきてはいけないと言わなくてはならない。

 すると王妃は驚いたように口元に手をあてる。


「まぁそんなことをしたの? ひどいわね」


 ひどいわねって、貴方が差し向けた人達ではないんですか?

 わたしはそう聞きたかったが、喉元まで出てきたところでぐっと飲み込んだ。あまり突きすぎて自分の命を脅かされる事態になっては困る。


「ちゃんと処分しておくわ。高いお金で雇った人達でしたけれど、こっそり攫ってきてってお願いしただけなのに、物を壊していいなんて言ってないのよ? そんなことも命令通りにできないなんて」


 王妃は一応、自分が依頼した事だという自覚はあるようだ。

 けれどズレている。

 人一人を王宮へ内密に運ぶのだ。しかも攫われるわたしが反抗するのは目に見えている。エンデが事前に細工をしたにしろ、錬金術師相手に真正面から喧嘩を売るのは危険なのだ。術具を持っていたら、剣同士で戦うよりも厄介なことになる。


「ごめんなさいね。でも大丈夫、ちょっとあなたの力を貸してくれたら、窓を直すどころか、もっと綺麗な服を着て、働かずに暮らせるようになるから」


 ズレた王妃は、そのことに気付かないまま話を進める。


「あなた、今王都で貴族が死んでいる事件で、雷の翼を使っているってつきとめたんですって?」


 その一言で、自分が拉致されたきっかけを悟る。おそらくエンデか彼を雇った人間から、解析された情報について逐一報告を受けていたのだろう。


「あの錬金術の箱、わたくしも作るのはすごく大変だったのよ。特に雷の翼は厄介だったわ。だからこんなに早く素材をつきとめられるなんて思わなくて」

「え?」


 今あっさりと王妃は、箱の制作者を自分だと告白しなかっただろうか。あっけらかんとしすぎていて、わたしは逆に戸惑う。

 王妃はそんな様子に気付いたようだ。


「ああ、わたくしも昔、錬金術を覚えた人間なの。ファンヌほどの力はないけれど、ここ最近で学び直したおかげで、そこそこの事はできるようになったのよ? だから力ある術具を特定するのが、どれほど大変なのか知っているつもりよ。だって作るために、自分の命まで削ったんですもの」


 何気なく告げられた内容に、わたしは背筋が氷る思いだった。

 だから王妃に「大変だったでしょう? でもすごいわ」と言われても、応じることもできなかった。


 禁忌としては知っていた。

 錬金術師が開く扉の向うは、異界だ。

 能力以上の物を呼び出して使うとなれば、まさに術者の生命力を引き替えにしなくてはならない。こちらに引き寄せる魔力が足りないなら、扉の向うから無くなる物と同じだけを補うものが必要になるのだから。


「まさか」


 呟いた言葉は、かすれた。

 白っぽく見える髪は、白髪になってしまったからではないのだろうか。生命力を失えば、一気に老け込むと聞いている。

 ああ、とわたしは納得した。

 踊りながら雷をまき散らし泣く女の幻影。あれは狂気に堕ちた彼女自身なのだ。王妃が自分の心を紡いだから、あの姿だったのだ。

 王妃も、わたしが凝視しているのは何か気付いたようだ。

 ああこれ、と話し出す。


「噂は本当なのね。わたくしファンヌお姉様より年下のはずなのに、わたくしの方がお姉様になってしまったみたいよ。ちょっとおかしいわよね」


 髪に触れた手も、血管が浮き出た皮の薄い手だ。まるで老人のように。


「わたくしがこんなにまで頑張ったのに、あなたは生命力をとられずに雷の翼をつきとめたのだもの。きっとあなたはとても力が強いのだわ。だから頼みがあるの」


 細く、骨が浮いた両手を組み合わせ、王妃は願い事を告げた。


「わたくしの代わりに、天翼の扉を呼び出してほしいの」

「てん……」

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