第18話 予想外のできごと
シーグが『自分の家』に戻った後、わたしは再び錬金術で術具を作っていた。
敵のやり口はわかった。
力量も、リシェでは敵わないかもしれない、という事も。
「だからって、諦める気はないのよ。絶対この手で捕まえる」
調査を続けた上で、もし犯人がファンヌで確定すれば、必ず捕縛のために錬金術師の手が必要になる。きっと自分だけでは対抗できないから、別に人を呼ぶことにはなるだろうが、ここまで係わった自分を外すことはないはずだ。
その時のために、あらゆる準備をしておかなくてはならない。
雷に対抗できそうな術具を作り、備えるのだ。
雷の翼を奪ったのが、今回の殺人犯かどうかは確証がない。でも必ず繋がりはあるはずだ。捕まえて吐かせればいい。
でも本当に、雷の翼を奪った本人だったら……。
それを思うと、作った翼を持つわたしの手が震える。
「殺してしまうかも」
一年前、唯一の家族だったお祖母ちゃんを殺した相手なのだ。
捕まえて、法的な裁きを受けるのを見届けるだけで、済ませられるか自信がない。
「恨みで動いてるのは、わたしも同じ……」
ため息をつく。でも止めようとは思えない。
机の上に手を突いてうつむくと、どっと疲れに襲われた気がした。
「一回休むか」
わたしは一度自室に戻った。作った翼を数枚、外出用の鞄に入れてから、お茶を入れるために台所へ向かう。
もう夕方だ。
家の廊下は暗く、足下が見えにくくなってきていた。
転ばないようにゆっくりとエントランスの階段を下りていると、不意に硝子の割れる音が響き渡る。
「え?」
信じられなかった。
この家は、シーグの家と通じている。だからお祖母ちゃんが厳重に術を掛け、招いた人間しか入り込めないようにしているはずだ。
「お祖母ちゃんの術が破られた!?」
まさか、と思いながらわたしは音がした方向へ走った。
台所に近い、庭へでられる大きな掃き出し窓がある居間だ。
居間に飛び込むと、窓硝子は粉々に砕けていた。そして窓のすぐ外には、覆面姿の男が二人いる。
館の中に入ろうとしたようだが、まだ建物自体の術は破られていない。
わたしは混乱しながらも、服のポケットから錬金術の道具を掴み出し、外へ飛び出そうとする。
まず先にやるべきは、この館から相手の意識を逸らすことだ。何度も何度も、お祖母ちゃんに言われた事だから、相手が侵入してきた理由に思い及ばなくても、体は自然に動く。口も呪文をすらすらと紡ぎ出す。
一方覆面の二人は、わたしが自分から飛び出してくることに驚いていた。
その隙に、石鍵を地に投げつけた。
地面にぶつかったところで石鍵が裂けて円を作る。緑の水を湛えた鏡のような円から、一斉に飴色の蔓草がわき出した。
「なんだこれっ!」
慌てて逃げた黒覆面のうち、一人の声にわたしは目を見開いた。
「なっ、エンデ?」
間違いなく彼の声だ。今日聞いたばかりの人の声を、間違うわけがない。
その一瞬の戸惑いが仇となった。
「やっ!」
エンデと思われる小柄な方の人物に気を取られ、もう一人が背後に回ったことに気づかなかった。腕をねじり上げられ、腕を動かせないよう肩を抱き込まれる。
足で反撃しようとしたら、エンデの声を持つ黒覆面に踏まれた。
「大人しくして、リシェ」
足を踏んだ黒覆面は、やはりエンデの声で囁いた。
「ほんとにエンデ? なんで……」
言葉はエンデが口に押しつけてきた布で封じられる。しかも何か変な匂いがした。
めまいと強烈な眠気に、薬品が使われていることを察した。
その時わたしにできたことは、飴色の蔓草が割れた窓硝子や壁を這い上り、埋め尽くすように塞いでいるのを目で確認することだけだった。
これで誰も中に入れない。
ほっとしたわたしは、そのまま意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます