第17話 青い羽についての考察
家の中へ戻ると、わたしはとある錬金術の箱を自分の机の中から出した。
銀色の美しいこの箱は、お祖母ちゃんが師としてわたしに渡した、特別な物だ。
お祖母ちゃんが一週間がかりという長い時間をかけ、様々なものを掛け合わせて作った姿を思い出し、わたしはそっと箱の表面を指で撫でる。
お祖母ちゃんは亡くなっても、こうして様々な思い出の品がわたしを助けてくれる。哀しさは癒えなくて辛いけれど、寂しさをほんの一時埋めてくれるのだ。
わたしは箱の上部に指を添えて短い呪文をとなえる。
すると飴色の花蔓が絡みついた箱の上に幻影が現れた。
様々な種類の草花、そして鉱石。
わたしが「次」と指示するとその幻影は別な種類の石へと移り変わっていく。これは創環師(そうかんし)が使う、素材の図鑑なのだ。
青い色の鉱石を一つ一つ眺めてみるが、どうも遺体にくっついていた石のかけらとは違う気がする。
唸りながら三度同じ幻影を繰り返し、見つからずにあきらめる。
次に青い鳥や羽の幻影を呼び出した。
拾ったあの羽毛と見比べてみるが、上手く合致しない。
部屋が暗いせいかと思って顔を上げると、窓のあるリシェの右手側にいつの間にかシーグがいた。
「シーグ!」
わたしは慌てて立ち上がった。
「あれから怪我はどう? 大丈夫?」
「きちんと手当をしているから痛みもない。リシェこそ体調はどうだ? 結局怪我はなかったのか?」
いつもと違う、やけに真剣な眼差しで尋ねられた。それも当然だろう。昨日あれだけ派手にやらかしたあげく、術で疲労困憊して眠ってしまったのだ。
「ありがとう、一晩眠ったらちゃんと元気になったから」
実際に元気そうだから、シーグは納得してくれたようだ。
「今度からああいう危険な術を使う時は、ちゃんと言え。お前の仕事は理解しているし、むやみに邪魔をする気はない。だが俺もかじった程度とはいえ錬金術を使えないわけじゃない。補佐ぐらいはできるんだからな」
釘を刺されて、わたしは神妙にうなずく。
確かにシーグに助けられたのだ。あの時間に入ってくれなければ怪我をし、術を終わらせることができなかった。
この話題については終わったと判断したんだろう、シーグは別な質問をしてきた。
「何を調べているんだ?」
「うん。こないだ話した、例の箱の関連で。今日新しい犠牲者が出たから、近衛の人と一緒に現場を見てきたの」
「げ、現場!?」
シーグはそのまま苦虫をかみつぶしたような表情になる。
あげく「なんでそんな場所に女の子を」とか「まさか死体を見せたのか」とぶつぶつ呟くので、わたしはつい言ってしまう。
「死体見たよ?」
ほらこれ、死体の手に付着してた奴、とシーグにハンカチの上に散らばる青い欠片を見せる。
シーグは非常に嫌そうな顔をした。
「……お前よく平気だな」
「そりゃもう。もっとひどい死体見てるから、伯爵の子息なんてそれほどじゃなかったよ」
本当は直視するのが恐くて目をそらしたのだが、わたしは見栄を張っておく。これで恐かったなどと素直に吐いたものなら、事件に協力することそのものを止められかねないと思ったからだ。
心配性のシーグ。
お祖母ちゃんがいなくなってから、それに磨きがかかってしまった彼に、心配をかけたくなかった。
「何か手がかりになるようならと思ったんだけど、欠片の方は結局なんなのか見当もつかなくて。仕方ないから、先にこの羽が何の鳥のものなのか調べてる所」
「ふうん?」
わたしはソファに座り直し、もう一度箱の幻影を呼び出す。その隣に座ったシーグが、しげしげと石の欠片と一緒にハンカチの上で寝ている羽を見つめる。
そして呟いた。
「遺体の傍に、青い羽が落ちていた……か」
「…………」
ひっかかりを感じる。
昨日ガイストの言葉に、何かを思い出しそうになった感覚と同じだ。
「ね、シーグ。もう一回今の言ってくれる?」
「今のって、青い羽が落ちていたってやつか?」
「……それ、もう一回」
「青い羽が落ちている」
「なんだっけ、すごく聞いたことがある言葉の並びなんだけど……」
のど元に何かがつっかえているような感覚に唸る。
「青い羽が落ちているって……。なんだ、随分詩的な語句だとは思うが。本にでも書いてあったのか?」
「いや、違う。多分私声でそう言ってるのを聞いたの。本? 本を読み上げてもらった……あ!」
わたしはようやく思い出す。
そうだ。シーグが『読み上げた』のをきいていたのだ。
「シーグ、|神書(しんしょ)!」
「は? 神書がどうしたんだ?」
「神書の文句に青い羽って無かった!? シーグに何度か読んでもらって……そう、|天翼(てんよく)の扉の章!」
天翼の扉。
それは七つ目の別世界への扉だ。
翼持つ天使が笑いさざめき、美しいとされるもの全てがその世界で輝いている、神に守られた庭。本来死者にしかたどり着けない楽園。
神書は謳う。
天使の青き七枚の翼を得た者は、神の雷の洗礼をくぐり抜け、天翼の扉を開くことができるのだと。
そして昔、翼を得た聖者がいた。
彼は祝福を得て天翼の扉を開き、神に世界の平和を願った。
神は願いを叶え、混沌とした乱世が終わりを告げた。
聖者が消えた地上には、名残のように青い羽が落ちていたという。
「そうか、雷の術は神の洗礼のつもりか」
わたしはうなずく。
「多分。てことは……犯人は天翼の扉を開こうとしてるの?」
「でもそんなことが可能か?」
わたしは即座に首を横に振る。
「天翼の扉を作ろうって人は今までにも沢山いたはずだけど、私が知ってる限りはみんな失敗してるはずだし……」
「じゃあ別な考え方もできるな」
シーグが言った。
「殺した相手を、死者の国へ迎えてやったという、嫌みなのかもしれない」
「それが一番ありそうだね……」
そうすると、やはり犯人は恨みで人を殺したことになる。
「例の近衛騎士とかいう奴。あいつに話して調べさせると良い」
提案して、シーグはため息をつく。
「だがその予想なら、被害者はあと一人必要だ。天翼の扉を開ける為に必要なのは七枚の翼だ。箱には青い羽が元々入っていて、被害者と共にほとんどが雷で黒焦げになり、羽毛しか残らないんだろう。でもあと一人か……調べているうちに殺されてしまうかもしれないな」
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