第16話 礼拝堂で見つけたもの
残念だと思いながら歩き、たどり着いたのは、広いベリエル伯爵邸の端に作られている礼拝堂だった。
さすが貴族ともなれば、自分の家の中に礼拝堂を造ってしまうんだなと、わたしは驚きながら中を見渡す。
白い縦の溝が掘られた円柱が六つ並ぶ聖堂は、七等分された白壁に様々な彫刻が刻まれていた。生き物の姿、樹木、海や炎。それら一つ一つが、この世界と繋がる異空間を表している。
全てのものは異界からの扉を通り、この世界へやってきて、死とともに帰って行くのだと思われているのだ。
そして七番目は、青い翼を持つ天使と光の世界。
わたしはその彫刻絵を見て、シーグと出会った時、彼を天使だと思った事を思い出す。
そして、何かがひっかかった。
「……あれ?」
何かこの事件に関係することで、この七番目の扉の絵にひっかかりを覚えたのだ。
それがどういうことなのか、上手く頭の中で繋がらない。
首をかしげながら、わたしはガイウスさんと一緒に、七番目の彫刻の前に進む。
そこは祭壇なのだろう。一段高い場所に、腰の高さまである真っ白な石の台が置いてある。ベリエル伯爵の子息は、そこに横たえられていた。
急ごしらえなのだろう。どこかから引っ張り出した絹布がその体全体を覆っている。
ガイストさんは布を避けて顔を確認し、渋い表情で元にもどした。
リちらりと見えたが、伯爵の子息の顔は火傷になっていたので、思わず目をそらす。
また昔の火事の事を思い出しそうになり、深呼吸して心を落ち着け……うつむいた瞬間、そこに視線が引きつけられた。
台からはみ出していた伯爵の子息の手の先。
ここも火傷で赤くなっていたのだが、人差し指と中指の先だけは違った。青い宝石の粉を貼り付けたようになっている。
わたしはそっと黙祷をする振りをして、ガイストさんの傍に並ぶ。
それからガイストさんを挟んで反対側にいるベリエル伯爵に気づかれないよう、そっと遺体の手を台の上に押し戻した。
そのついでに触ってみたところ、ぽろりとその青い石は剥がれ落ちてきた。
手の中に握り込んで隠し、元の姿勢に戻る。
ガイストさんがこちらをちらりと見たが、遺体の手を戻しただけだと思ってくれたようだ。
帰り際になっても、ベリエル伯爵子息に何かしたのかとは聞かれなかった。
「箱は無かったが、何か気づいたことがあったか?」
そちらについて尋ねられたので、わたしはハンカチに包んでおいたあの青い羽の一部を見せた。
「遺体の傍にいつもあると聞きました。普通の素材かもしれませんけれど、これを調べてみようと思うのです。どうも青い羽が気になって……」
「そういえば昨日もそのような事を言っていたな。わかった、何か新しい情報が出てきたら第三分隊へ頼む。こちらはベリエル伯爵の子息が出席していた、夜会の出席者を調べよう」
まだ日は高い。
伯爵家から離れ、第三分署に近い場所でわたしはガイストさんと別れた。
そのまま家路につく。
しばらく歩いて適当な木陰で立ち止まり、手に握ったまま持ってきた物を見た。
「やっぱり石?」
青に金の筋が入っている。小さすぎて一見しただけではわからない。
「ここで見てても仕方ないか」
調べてみなければ分からない。だからハンカチに石のかけらを入れ、再び歩き出そうとした。
「あれ、リシェじゃん」
声に振り向くと、エンデがいた。あいかわらずツンツンと跳ねた髪が、そよ風に揺れている。
「事件現場行くって言ってたけど、帰り?」
「うん。もう見てきた」
「なら送るよ。見回りのついでだし」
断る理由もないので、わたしはその申し出を受けた。
「それにしても、なんで犯人は六人も人を殺そうなんて思ったんだろうね」
凶器の箱やその希少性、被害者がそれを受け取った事などから、犯人も貴族であるはずだ。一体どんな恨みがあるというのだろう。
「貴族の考える事なんてなぁ。不名誉がどうとか、利権がどうとか、そんなんじゃないのか?」
「そうなのかな……」
その割に、殺す相手を『選びすぎ』ていると思うのは、わたしの勘違いだろうか。
贈り物として箱を渡すのだから、確実にその本人に死んで欲しいはずだ。欲得よりもずっと、個人的に深い恨みがあったんだろうと思う方が自然な気がする。
ただ、今日ベリエル伯爵の元を訪れたファンヌに、そんな恨みの感情があるようには見えなかった。
もし彼女が箱を作ったのだとしたら、それはやっぱり依頼されたからなのだろうか。
けれどあの箱が人を殺す道具となるのは、作る前から承知しているはずだ。普通の錬金術師なら、そんなことはしない。
カーリンの行動も、どこかあからさまな感じがしないでもない。わざわざファンヌの名前をばらまいて歩いているとも言えるのだ。
そして箱の中の幻影で、踊る女の姿。
なぜあの箱を作った人間は、女の姿をそこに入れようと考えたのだろうか。
「女の……恨み?」
しかし恋情のもつれというには、殺す相手が多すぎる。気が多い女だというのも、理由としてちょっと苦しい。
更には青い羽、青い妙な石のかけら。あれは一体何の意味があるんだろうか。
ぐるぐる考えているうちに家に到着する。
リシェは先日門前で追い払ってしまった件もあるので、エンデに庭でお茶を振る舞った。
シーグの件があるので、さすがに家には入れられないからだ。
その辺りは女の子の一人暮らしだからと良い方へ誤解してくれた。そして「庭でお茶だなんて、お嬢様みたいだなリシェ」と言いながら、エンデは喜んでくれた。
そこへヤーデ夫人が訪問してきたので、エンデは本当に一杯飲んだだけで帰っていった。
彼を見送りながら、そのうちガイストさんにもお詫びをしなくては、とわたしは思うのだった。
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