第13話 近衛騎士の戸惑い

 その日の朝、エイセル王子は貧乏揺すりをしていた。


(苛ついていらっしゃる……)


 それはガイストにもわかったのだが、理由が不明だ。

 侍従の青年は、エイセルを視界に入れないように顔を背けている。今日も笑いをこらえているらしい。


「事件の進展は?」


 エイセルに問われ、ガイウスは苛ついている原因を「事件の犯人がつかまらないせいだ」と考えた。それだと侍従の様子に説明がつかないが、それしか想像できないのだ。


「は、昨日は被害者は出ませんでした。また、被害に遭っていない貴族の家をあたり終えました。一応注意喚起を行いましたが、うかつに箱について口に出すこともできず、不審な贈り物は受け取らないようにとだけ伝えております。しかし……」

「上位者から渡されたなら、その限りではないだろうな」


 エイセルが貧乏ゆすりを止めて言う。


「左様にございます、殿下」

「しかし私に関わりのある者が、既に三人犠牲になっている。この確率は偶然とは言えまい。現在私に政敵らしい政敵は現在いないはずだが、最も怪しいのはただ一人。王妃ぐらいなものだ」


 エイセルから告げられた言葉に、ガイストは黙って頭を下げ、肯定の意を示す。


「かといって、何の証拠もなく問いただすこともできぬ。しかも兄上は亡くなられているのだ。よほどの証拠でなければ、子を失った哀れな女を皆庇うだろう。だからこそ誰も、あの女を疑わない。けれどその身分などから考えても、特別な箱を作らせ、貴族に渡してもおかしくないのはあの女だ」

「今、証拠の一つである箱の解析を急がせております。昼前には一度、進行状況を話し合う予定で、それによってまた別な角度からの捜査が可能になるかと」


 悪い報告ではないと思う。

 しかしどうしてか、エイセルの表情が不機嫌そうになる。


(なぜだ?)


 ガイストはうろたえたが、そのまま話を続けた。


「また錬金術師からある術具について調査を依頼されています。かなり特別な代物のようでしたので、そこからも何らかの手がかりが掴めるかと。今しばらくお待ち頂けますよう」


 するとエイセルがぽつりと呟く。


「……翼か」

「はい?」


 ガイストは自分の心を読まれたのかと驚く。よく聞き取れなかったが、確かにエイセルは翼と言った。


「いや、なんでもない。報告については分かった」

「ではこれで失礼させて頂きます」


 一礼して出ようとしたガイストは、呼び止められた。


「あー、ガイスト」

「はい?」

「夕刻近くには、あまり人の家を訪ねないように。特に女性が相手ならな」


 急に侍従が「ぶほっ」と吹き出した。この侍従は笑い上戸なのだろうか。

 そう思ったガイストだったが、不意に昨日のことを思いだした。

 箱の件を依頼している錬金術師。彼女も夕刻の訪問を断られたのだ。ガイストが知らなかっただけで、最近はそういう風潮があるのかもしれない。


「承知致しました」


 再び一礼し、ガイストはエイセルの執務室を出る。

 その際、エイセルに睨まれた侍従が「殿下があまりに面白いことばかりなさ……、いえ、もう心配でたまらないんですよね?」と弁解している姿を見た。


 心配ということは、これから犠牲になるかもしれない貴族の子弟達のことを、王子は案じているのだろう。そのせいで貧乏ゆすりなどしていたに違いない。

 だとすると吹き出した侍従はとても失礼だなと思いつつ、ガイストはその場から歩み去ったのだった。

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