第14話 容疑者を推測します

 朝十時。

 夜とは違い、第三分署前の広場は光にあふれ、石畳も白く輝いていた。

 行き交うのも、広場の清掃員や子供達。買い物へ出た人々も、艶やかな果物や緑の鮮やかな野菜を持ち籠に入れている。

 爽やかな空気と共に分署の扉を開いたわたしは、中のむっとする酒の匂いにめまいがした。


「うっ、何これ……」


 手で鼻を覆いながら進むと、奥の部屋からガイストさんが出てきた。彼はわたしの様子を見ると、申し訳なさそうに言った。


「すまんな、この場所に呼び出して。ここしか密談する場所がないのだ」

「それよりこれ、一体なんでこんな臭いがするんです?」

「泥酔者を保護しているうちにな、どうしても動かせない者は分署の隅に転がしておくらしいのだが……。その数が一人や二人ではないため、どうしても午前中に空気の入れ換えを行わないと、このようになるのだ」

「うぅ……」


 手招きされて先日と同じ奥の部屋へ入ると、そこは酒の臭いがしなかった。早々に換気してくれていたらしい。

 集まっていた人間は一昨日よりも少なかった。


 わたしが先日と同じ席に座り、ガイストさんも着席すると、第三分隊の老隊長が現状説明をはじめる。

 先日増えた犠牲者の元に急行したものの、第一分隊に先をこされ、箱があったようだが回収はできなかったようだ。


「競争することで、互いを高め合うというこの理念が仇となっているようだ。草創期のことをもう一度、お互いに思い出すべきなのだろうが今はその暇もない」


 その後の説明は、老隊長からガイストさんに譲られた。

 ガイストさんは貴族へは不審な物を受け取らないよう、通知してあると告げた。

 また、犯人側が警戒するだろうとその贈答品の形を箱だとは告げていないこと、本当なら屋敷の中を調べたいが承諾無しにそれはできない。そのため事件が起きない限り、誰が保有しているのかは不明であることを話した。


「今の所は、箱と羽が怪しいということしかわかっていない」

「あまり進展しているように思えないのがなんとも……」

「これといった証拠を掴もうにも、貴族じゃなぁ」


 警備隊員は口々に悔しさを漏らし、また嘆息する。

 いくら国から任命された警備隊とはいえ、やはり貴族相手の事件は難しいのだ。警備隊員が平民であることも、悔しさをいや増す材料になっている。


「で、箱の調査は?」


 わたしに、隊員達の注目が集まる。


「まず先に、雷の翼について分かった事を教えていただけませんか? それによってご報告できる内容が変わります」


「あまり時間がなかったこともあって、資料を当たっただけだ。盗難事件として、ある錬金術師より届け出が出ていた。強力な雷を呼び出す力があるらしい。その形状は、白に稲妻を模した模様が羽一枚一枚にまで刻まれている物だ。現在も見つかっていない……とここまでしか調べられていない」

「いえ、十分です。ありがとうございました」


 わたしは礼を言って、話を引き取る。


「おそらく、あの箱は複数個を一度で作った物だと思われます」

「そんなことが可能なのか?」


 ガイストさんに尋ねられてうなずく。


「力のある錬金術師ならば出来ます」


 実際、わたしも簡単な物はそうしている。

 ただ力量以上のものとなると、自分の能力を超え、寿命を削りかねないほど生命力を奪われてしまう。


「おそらく術者が材料に使ったのは、その雷の翼です。ようやく素材を解析できた際、見えたのが白い翼に金の模様のある物でした」

「それで私にを調べろと?」


 ガイストさんに問われてうなずいた。


「私はその形状についてはっきりと知っていたわけではないんです。又聞きした程度の知識だったので。だから確認をとってもらったのです」


 これでわたしの予想が、正しいと裏付けられたのだ。


「雷の翼は特別な物です。多分この世にだ一枚しかない。だから例の箱を作った術者は、複数個の箱を一度に作成したはずです。それを安全に作成する力量を持つ物となるとかなり限られてきます」

「……例えば?」


 老隊長に問われ、わたしは一度息を吸ってから答えた。


「王宮錬金術師か、それに相当する力量の持ち主です」


 皆一斉に口をつぐんだ。

 ガイストさんでさえ、すぐには返事ができずにいた。

 無理もない、とわたしは思う。その可能性があるからこそ、皆第一分隊に知られないように動いていたのだ。けれどはっきりと犯人の可能性があると示されると話は変わる。


 王宮錬金術師は、王の求めに応じて術を使う。同時に王宮を守っているのだ。

 王国の城に矢を射ても、決して門の向こうへは届かないと言われている。それを可能にするような強い力を持つ人間だけが選ばれるのだ。誰も真正面から事を構えたいとは思わないだろう。

 静かになった部屋の中、ややあって口を開いたのはガイストさんだ。


「それだけの力量があれば、地位も名声もある相手には違いない。その線から責めようとするなら、やはり確固たる証拠が必要だが……時間がかかるな」

「もう一つ、これは私が聞いた話ですが」


 前置きして、わたしは昨日聞いたカーリンの奇行を話した。

 雷水晶が、雷の術を調べるのに適していることも。

 これはもうファンヌが怪しいと言っているようなものだ。

 雷の翼を使って、人を殺す箱を作る力を持ち、それを調べられないように雷水晶を買い占めた。そう考えるのが自然だ。

 やはり犯人は彼女かと、警備隊の面々が再びざわめき出す。


「ただ、確定ではありません。誰か別の者が作ったものを、彼女が調べようとしたのかもしれないんです。調べられたくない、という可能性も大きいとは思いますが」

「とにかく被害者とファンヌに接点が無いか調べよう。隊長殿、早速ファンヌの件と雷の翼の盗難の件の調査を」


 ガイストさんの依頼に老隊長がうなずく。

 老隊長はすぐさまその場にいた隊員に指示を出し、そこで一度解散することになった。

 が、そこへ警備隊員が駆け込んでくる。


「六人目の犠牲者です!」

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