第12話 解析には危険が伴います

 一通り小言を吐き出したシーグに、わたしは恐る恐る尋ねてみた。


「えっとシーグ。そろそろ正餐の時間じゃないの?」


 なんとかシーグを帰したい。


「何だ? 後ろ暗い事をするつもりか?」

「後ろ暗いっていうより、危ないから」


 実は後ろ暗いことだ。

 準備を整えたので、あの箱に使われているのが雷の翼かどうか早く確かめたい。だけどそれが雷の翼だとわかれば、お祖母ちゃんのことを聞いているシーグは、危険に首を突っ込もうとしていると気付いてしまうだろう。


「危険なら尚のこと補佐がいた方がいいだろ」

「じゃあ私も先にご飯にするよ。だからシーグもご飯にしてから来て。ご家族が心配するでしょ」


 そう言っても信用できないと言わんばかりの目をしている。


「お前がきちんと食事をとるつもりならな?」


 そこまで言われては仕方ない。わたしは台所へ行き、食事の準備をする。暖めたスープを一匙すくって口に運び、


「ほら、そっちもご飯食べてきなさいよ」


 言われたシーグは、やはり不審そうな表情をしながらも戻って行った。

 わたしはうっすらと開けた台所の扉に近づいて、シーグの足音が階段を上り、三階奥の特徴的な扉の開閉音を確認した。

 ほっとしてから、天国のお祖母ちゃんに謝罪する。


「お祖母ちゃんごめん」


 食事はよほどのことがない限り中座してはいけない、という言いつけを破るのだ。おそらくその件があったから、シーグも食事に口をつけさえすれば、わたしがすぐには行動しないと思ったはずだ。


 急いで席を立つ。

 作業場へ飛び込み、石鍵を二つ持って集中に入る。

 円陣を描いた床の線と文字が淡い光を宿し始めた。

 呼応するように、中に仕掛けられていた幻影が浮かび上がる。

 以前と同じ、森と泉と、踊る白い長衣を纏い金の剣を二つ持った美しい女性の姿だ。


『第六の扉より出でし物よ。親和する力を得、その姿を表せ』


 今度は封じる気はない。蒸発するように森と泉の姿が消えた。

 とたん、踊る女の口がつり上がる。金属を擦り合わせるような不快な笑い声を上げる。

 置いていた雷水晶が割れるのと同時に、中に閉じ込められていた力が黒い闇となって広がる。

 闇の底に閃いた輝きは、一瞬後には稲妻となって作業場の中を駆け抜けた。


「おい、リシェ!」


 ここで予想より異常に早くシーグが戻ってきてしまったようだ。

 答える暇はない。この一回を逃すと、今日は術を行う気力が残らない。中断するわけにはいかないのだ。


『第六の扉の固定を命ず』


 持っていた金色の石鍵を箱に向かって投げつける。

 上手く箱の傍に突き刺さった鍵は、左右に裂けた。そこから金の光の円が広がり、箱の上に現れた黒い闇を囲んで宙に止まる。


『その姿を取り戻せ』


 固定された穴からは、次々と稲妻が発生しては割れた水晶へと降り注ぎ、そこへ女の姿が吸い込まれる。

 雷を吸い込みながら水晶のひとかけらが成長していく。

 その中に閉じ込められて見えるのは――。


「翼」


 金の鎖が絡み合う模様の翼だ。

 その幻が現れたのは、ほんの数秒だけだった。

 雷の名にふさわしい、稲妻をまき散らして水晶は爆発する。雷の手は円陣をも越えて作業部屋の壁や天井を焦がし、わたしにも迫る。

 けれどわたしは翼の幻に目を奪われたせいで、反応が遅れた。

 逃げられないと思って、とっさに腕で顔を庇う。


『天の鍵よ開け!』


 シーグの声と共に、わたしは抱きしめられる。

 我に返ったわたしの眼に、円を描く石鍵と水鏡が見える。そこへ直撃した雷は、水鏡の表面へ散らばって拡散していく。

 けれど石鍵の作る円はすぐに消えてしまった。

 錬金術を囓っただけのシーグでは、維持が長く続かないからだ。

 拡散した電気の一部が、シーグの肩をかすめる。


「シーグ!」


 わたしは急いでもう一枚の石鍵で全ての術を解く。雷が静まったところで、わたしは自分を拘束しているシーグを見上げた。


「ごめん! やっぱり外にいてもらえば良かった! 火傷は!?」


 シーグの肩は雷に服が一部焼き切れ、肌が露出していた。手を伸ばそうとしたわたしは、きつく抱きしめられて、腕が動かせない。


「お前……どうしてこんなことをした!?」

「それより火傷が!」


 火傷は痛い。

 痛んで眠れない日々を一週間過ごしたわたしは、その辛さを知っている。


「お願いだから早く手当して!」

「いい、気にするな。お前が火傷をするよりはいい」

「だめ! 早く! せめて冷やして!」

「後でいい」


 そう言ってシーグはわたしを離してくれない。

 でも肩の火傷が赤くなっている。皮が引き攣れて、見ていられなかった。

 火傷をしすぎたら死んでしまうのに。


「シーグのばかぁ……」


 わたしの両親も火事の火傷で亡くなったのだ。だから他人が火傷をするのは嫌なのに。

 泣き出したわたしに気付いてシーグが慌てる。


「おい、リシェ?」

「や、ヤケドっ。死んじゃう。シーグがしんじゃったら……」


 泣きながら、だから早く手当してと訴えようとしたが、思考がぐちゃぐちゃでわたしは上手く言葉にできなかった。


「大丈夫だ。軽い火傷だから痛くない」

「そんなはずないもん、シーグの嘘つき!」


 泣いたせいで子供みたいに駄々をこねる。


「嘘じゃない。怖がらせて悪かった。だから泣き止んで……」


 いくら言っても手当をしてくれないシーグに、わたしはキレた。

『第四の門を開き来たれ』


 手に残っていたいつも常備していた石鍵を使い、術を使う。


「リシェ、何をっ!?」


 言いかけたシーグの言葉は、バケツをひっくり返したようにふりそそいだ水に止められた。

 一瞬で二人を濡れ鼠にして、わたしが開いた扉は閉じた。

 数秒、二人は無言で見つめ合った。

 先に口を開いたのはシーグだ。


「お前……何もこんな水の呼び方をしなくても」


 対するわたしも、冷たい水を被ったことで涙がひっこんだものの、自分の意見を覆す気はなかった。


「話を聞いてくれないシーグが悪いんだもん」

「だからって……」


 そこで二人同時にくしゃみをする。


「とりあえず着替えだ」

「そ、そうだね」


 一時休戦した二人は立ち上がる。

 部屋に戻ったリシェは、とりあえず部屋着に着替えてほっとソファの上に座る。箱の解析のために精神力を使って疲れていたのだ。が、座ると今度はひどく眠たくなってきた。

 夕食も食べていないのでお腹は空いていたが、でも眠気が耐えがたい。


「片付けもしなくちゃ……」


 作業場が水浸しのままだ。

 それだけでもどうにかしようと扉を開けたところで、シーグとぶつかった。


「あ、悪い」

「大丈夫。ちょっと鼻ぶつかって……肩は?」

「たいしたことはない」


 しかしそれでは納得できない、とわたしの顔に書いていたのだろう。シーグは別な回答を寄越した。


「多少服に擦れて痛むが、薬は塗った。後で家の者のきちんとした手当は受ける」


 これでいいかと首をかしげられ、ほっとしてうなずいた。

 すると気が抜けたせいか、またしてもあくびが出てしまう。


「眠いのか?」


 シーグに訊かれて、わたしは素直にうなずいてしまった。


「でも先に片付けしないと。夕食もおいたまま放置しちゃったし」


 歩こうとすると、眠たさによろける。するとシーグに部屋へ連れ戻された。


「先に眠ってしまえ。片付けは俺がしてやる」


 そう言ってくれるのはありがたいが、怪我をさせたばかりなのに心苦しい。ただでさえ彼は、自分の家の片付けなどしたことがない身分のはずだし。

 でも眠気のせいだろう。いつもなら断るのだが、わたしはシーグの提案を素直に受け入れた。

 寝台へ向かおうとして、ふと思い出してシーグに伝えた。


「そういえば、ヤーデ夫人からケーキもらったの」


 クリームを作って、綺麗に飾って食べさせてあげるつもりだった。


「お前が眠ったら食べて帰る」

「うん」

「ところであれが、事件現場にあった箱か」


 わたしはうなずく。


「あれは普通の水晶ではないな。何を調べようとしていた?」

「雷の翼……」


 答えながらわたしは寝台に潜り込んで、そのまま寝入ってしまったのだった。

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