第11話 家への訪問客
家の前へ戻ってきたわたしは、隣家の針金みたいに痩せたヤーデ夫人に会った。
しかも焼きたてのパウンドケーキをもらい、大喜びだ。
でもヤーデ夫人は。あんなにケーキを毎日焼いているのになぜ太らないのだろう。
疑問に思いながら館を囲む塀の門を開け、祖母に言いつけられていた通りしっかりと鍵を閉める。
この鍵さえ祖母クラーラの錬金術で作った代物だ。
鍵を使わず強引に開けようとする侵入者が現れたら、すぐさまフライパンを叩くようなけたたましい音を出すのだ。
布巾に包まれた暖かなケーキを抱えて館に入る。
「ただいま」
声をかけても、返事など来ない。
昼間の館はとても静かなのだ。
シーグも貴族としての付き合いや、自分の生活がある。なので部屋にいたとしても夜にしかやってこない。
また、わたしからはあの扉を開けることはない。
小さい頃に言いつけを破ったのが最初で最後で、それからは祖母に言われた通りにしていた。そうしなくてもシーグが自分から扉を開いて、遊びに来てくれる。
静まりかえった館は、広くても掃除をする人を雇ったりはしない。
全くお金がないわけではないし、祖母も資産はそれなりに残してくれている。けれど家のものはほとんどが錬金術の代物だし、シーグの家に通じる扉もあるので、うかつに人を入れられないのだ。
まずは腹が減っては戦はできぬと、今日ヤーデさんからもらったパウンドケーキを美味しく頂く。半分残すのは、シーグに食べさせてあげようと思ったからだ。
割に甘党のシーグだが「男が甘い物など!」と思っているらしい家人の目を気にして、自分の家ではあまりケーキを食べないらしい。
わたしとは小さい頃から甘味を分け合う仲間なので、いまさら取り繕う必要もないと思っているのだろう。この家ではのびのびとケーキをほおばるのだ。
出す時には生クリームも付けてあげよう。
そんな幸せな想像をして一息つき、わたしは作業にかかる。
まずは祖母の遺産が詰め込まれている、一階西側の部屋へ向かった。
沢山の資材を納めているその部屋は、扉が祖母の錬金術で作られている。銅色の扉は、祖母とリシェ、シーグにしか開けられないようになっていた。
シーグが開けられるのは、祖母とわたしの双方に何かが起きた場合、彼にこの中身を託すためだ。
物置然とした窓のない部屋の中、部屋の中央にランプを置いて必要な物を手にとっていく。
銀に揺らめく液体に満たされた瓶詰めの花、大切にビロードの箱に保管された小さな宝石達や、赤金に輝く鱗。そして「特製!」と書かれた青い小瓶を三本。
それらを抱えてわたしは呟く。
「絶対、お祖母ちゃんを殺した相手を探し出すわ」
この一年、わたしほそぼそと手がかりを探していた。
そこへ飛び込んできた、今回の殺人事件だ。
「雷と死亡者」
共通点はそれだけ。
でもわずかな可能性でも、調べてみたかった。
わたしは選んだ物を抱えて、続き部屋へ移る。そこは作業場だ。真っ白な一枚岩で作られた石床には、術の円陣が描かれている。
その中央に、わたしは宝石を一つ置く。中に生き物の化石が含まれた石だ。
使い慣れた細い杖を構え、呪文を唱える。
『回れ回れ魂の礎。第二の扉を開け、死せる物の魂よいでよ』
円陣の中心に、蟻地獄の巣のように黒い穴が開いていく。その穴に落ちた石は、暗闇の中で光を放ち、そして形を変えて浮かび上がる。
ややあって黒い穴は幻だったかのように姿を消した。
床の上にカタンと軽い音を立てて転がる、石でできた鍵を残して。
リシェは持ってきた物全てに、同じ処理を行った。十個ほどできた掌に載る程度の石鍵を種類別にまとめて、布袋にそれぞれ入れておく。
ふっと息を吐いた。
扉を開く力は、円陣が持っているわけでも、宝石にあるわけでもない。術者の力を使うのだ。精神力を削られたようにどっと疲れたわたしは、一度休憩をはさむことにした。
台所でお茶を入れた。砂糖で限界まで甘くしたものにミルクを注いだものを口にして、ほっと息をつく。
気付けば外は夕暮れ時になっていた。
「もうすぐ、シーグが顔出してもおかしくない時間ね」
今の内に、次の作業を片付けてしまおう。
そう思ったわたしだったが、館の門前に付けた鐘が鳴る音を聞き、首を傾げる。この家に来訪者なんて滅多にない。せいぜいお隣のヤーデ夫人がケーキを焼いたから、と呼んでくれる時ぐらいのものだ。
しかもヤーデ夫人じゃないとなると、お茶を出したりしなくてはならない。一時間で帰ってくれるだろうか。うっかり長居をされてしまったら、シーグが見つかってしまう可能性がある。
それは不味い。隣国の人が自由に家の中に出入りできる事がバレるのは。
警備隊の人間に密告されたくない。
どうしようと焦ったわたしだったが、二度呼び鈴が鳴ったので、とりあえず相手を確かめることにした。
館を飛び出し、門の前に立つ人間が見えたところで、わたしは呻きたくなった。
片方は警備隊のエンデ。そしてもう一人はあの近衛騎士のガイストだったのだ。
「なんでまた、一番会いたくない相手が……」
聞こえないよう小声でつぶやいたわたしは、さっと笑顔をつくって二人に近づく。
「いらっしゃいエンデとガイストさん。解析結果は明日まで待ってほしいんですけど……。あと調べて欲しいことがあって」
「調べてほしいこと?」
ガイストに尋ねられ、わたしは門越しに身を乗り出して、その名を口にした。
「雷の翼。そういう錬金術の道具が盗難にあっているはずです。それについてわかるだけのことをお願いします」
ガイストは捜査に必要なら、と受け入れてくれた。
「こちらからも話がある。新たな被害者が出た」
「え……もう?」
「昨晩のうちにやられた。今度は伯爵家の子息だ。先に第二分隊の人間が呼ばれてしまったのだが、やはり遺体のある部屋には箱があり、青い羽が落ちていたらしい」
「青い羽……?」
ふと、わたしは何か思い出しそうになる。
五回ほど繰り返してくれるよう頼むと、ガイストは妙だと思ったらしいが、素直に復唱してくれた。
が、今度は何か違うと思ってしまう。
「どうだ何か思い出したか?」
「やっぱだめでした」
答えると、ガイストにもエンデにも呆れた顔をされてしまった。
「ところで詳細を話したいんだけどさ。道でそのまま話すわけにいかないじゃん? 女の一人暮らしで外聞が悪いなら、門の中へ入れてくれないか、リシェ」
エンデに言われるものの、わたしはごめんと謝る。
その手の話なら、絶対に長くなるからだ。
「今ちょっと作業の合間で……その」
「誰か来客か? それならあとで出直すが」
「出直すっ!?」
それはもっと困るのだ。
思いあまったわたしは、絶対に二人が帰るだろう魔法の言葉を口にした。
「こ、これからお風呂なの、だからちょっと遠慮してほし……」
「失礼した! では明日第三分隊の分署に十時で!」
ガイストはさっと顔色を変え、隣で真っ赤になったエンデの首根っこをつかまえ、風のように走り去った。
手を振りながら、わたしも自分の顔が赤くなるのを止められない。
年頃の娘が、これから入浴すると男性に教えるなど、はしたないどころの話ではないのだ。
「うわー。もう絶対こんなことシーグには話せないや」
すぐに帰ってほしかったからといっても、我ながらとんでもない言い訳だった。もう少し別な方法を思いつきたかったと後悔しながら家に入る。
と、
「何を俺に話せない、と?」
昨日と同じように、階段の上に立っているシーグと顔を合わせ――今日はなんてツイてない日だろうと思った。
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