第10話 オルヴァ雑貨店
「ううぅ―」
その日、わたしは朝から王都のある店を訪れていた。
外観は完璧なあばら屋。軒先には看板に【オルヴァ雑貨店】と書いてあるが、その字も雨風に削られて消えそうになっている。
店主曰く、代々受け継いだ物だから変える気はないらしい。
一階を馬車庫に、そして二階に店があるのだが、階段もギシギシときしんで、今にも壊れそうだ。
「うぅぅぅー」
店の中の作り付けの商品棚を眺めて、わたしは再び唸る。
このイゼット石なら、水琴のような音が出るだろうとか。メレナの羽を使えば、幻影に風を付け足すことができるだろうとか。頭の中でいろんな想像が浮かび上がるのだ。
「ああだめだめ、こんなの買ってる場合じゃないのよ」
頭を振ってあきらめて、棚を移動する。
今度はおどろおどろしい面や無骨な石、普通にみかけたらただの枯れ草じゃないかという代物や、怪しい黒や緑の香水瓶の並ぶ一角の前でしゃがみこむ。
そしてまた唸りながら、どれにするべきか想像するのだ。
「おめえなぁ、それ恐いからやめろって」
店の奥にあるカウンターから、呆れたような声がかけられる。
外の看板と同じくらい使い込まれ、あちこちすり減ってへこんだカウンターの前で立ち上がったのは、茶髪の右端の一房だけを伸ばし、黒い石を絡めた紐でくくった青年だ。
「毎度毎度言ってるんだけどよ。その声聞いたとたんに、扉の前で怯えた客が帰っちまうんだよ」
ただでさえあばら屋で、店の中もランプがあるとはいえ薄暗い。しかも陽の光を嫌う品物があるということで、店の中には窓がない。
そこにうなり声が合わされば、ひやかしの客すら入って来ないのも当然だろう。
「う、ごめん……」
「悩むぐらいなら帰れよ、営業妨害だ」
この乱雑な物言いの店主とも長い付き合いがある。彼が店を継ぐ前には、近所のお兄さんらしく、年下のわたしと遊んでくれたりもしたので、悪気が無いのはわかっている。
けれど客としてやってきた知り合いを、営業妨害だと言って追い出そうとするのはどうなのか。
「オルヴァってホント商売っ気ないわよね。そう言うときは「買って帰れ」って言うもんじゃないの?」
「わかってんなら買えや」
もう少し、言い方とか考えてくれないものだろうか。
そう思ったわたしは、つい最近、似たような感想を持った相手を思い出す。
一瞬、二人を会わせたらどうなるんだろうと考え……恐ろしくなって止めた。
絶対けんかになる。そして会わせるきっかけになった自分が、二人によってたかって批難される未来が見えた。
気を取り直し、わたしは近くにあった水晶を手に取った。それをオルヴァに出して会計を頼む。
支払を済ませると、壊れないように薄い樹皮で包装してくれたオルヴァに尋ねられた。
「おまえ、組成でも調べてんのか?」
扱っている資材について、用途を把握しているオルヴァに嘘をつくことはできない。水晶は大抵、錬金術の元などを調べる時に使うのだ。
「うん、ちょっと相手の力が強そうだから。なるべく事象に近い物を使えば、少し楽かなって思って」
「それにしても雷水晶か……」
雷水晶はわりと珍しい品だ。結晶体の中に電気をため込んだもの。
こんな変な物を仕入れているのは、錬金術師を客に持っている店だけだろう。
その一人であるオルヴァは、おもむろに話し始めた。
「そういえば最近、変な奴が買い物に来てよ」
「変な奴?」
最初は珍しく商売の愚痴を言うのかと思ったが、続くオルヴァの言葉に驚嘆した。
「雷水晶を全部買い取りたいっていう奴が……って、まぁいいか」
「え! 何その話! もっと聞かせて!」
カウンターに手をついて身を乗り出したわたしに、オルヴァはにんまりと笑う。途中で話を止めたのは、計画的な引っかけだったようだ。それがわかっていても、わたしは引っかからざるを得ない。とても重要な情報だからだ。
「じゃあ出すもん出せ」
差し出された手を見て、わたしは唸った。
「……この雷水晶買ったらご飯代しか残らないの」
「じゃあ駄目だな」
「あ、ちょっと待って! 何か別なのじゃだめなの? 術をなんかに使うとか」
そもそも錬金術は適性がないと使えない。だからこそ稀少であり、めったにこんな申し出などないはずだ。案の定、オルヴァも心が動いたようだ。
「いいだろう、それで手を打つ。お前の祖母ちゃんにも世話になってたからな」
「うんありがとう」
「じゃ、雷水晶を買った奴の話をしよう。そいつはなんと、第二十七代目王宮錬金術師ファンヌの弟子だ」
リシェの祖母、クラーラの後に王宮錬金術師になったファンヌ。彼女は五十代の女性で、私塾も開いている。
そして弟子という単語に、わたしはまさか、と思う。
「わざわざ自己紹介して、師匠の研究に必要だから全て供出しろとか、聞いてもいないのに話して行きやがった」
間違いなくカーリンだ。
数あるファンヌの弟子の中で、そんな無駄なことをするのは彼女しかいない。
おそらくカーリンは、いつも通りに話したつもりだろう。偉い王宮錬金術師の言いつけなのだから言う通りにしろ、と。
しかしオルヴァは気付かなかったようだ。
「だが、んなハッキリへりくだれって言わねぇ奴なんざ、かまってられっかよ。言っても鼻で笑ってやるがな」
爽快なまでにきっぱりとした態度に、リシェは思わず笑ってしまった。
「ちなみに俺は、半分しか売らなかった。他の客に売り切れだって言うのが嫌だったんでな。在庫を全て切らす真似はしたくなかったから。けどそいつはそれが店にある全部だと思って、買って帰ったぜ」
こんな明らかに癖のありそうな男の言葉を信じるとは……、ひっかかるカーリンの方もどうかと思う。カーリンは今までそうやって威張ってきたから、師匠の名前を出せば全て円滑に進むと思っているのだろう。
「いまどき珍しい……えらく騙されやすい人ね」
でも知り合いだと思われるのは嫌なので、わたしは他人のフリをする。
「まぁな。けどな、そいつはどうも他の店でも同じようなことをしたらしい。同業者から聞いてな、変な奴だとますます印象に残ってたんだ。それに雷を使うなんて、まず穏便な道具は作れねぇ」
確かに、とわたしはうなずく。
雷を使って置物など造りようがない。驚かせるために、少し指先をしびれさせたいと思ったとして、加減がひどく難しいのだ。
基本的に、誰かを害する目的の物にしか使えない。
「お前さんも雷水晶を買ってくみたいだし、なにか関係あるかと思ってな」
「そうなんだ。関係あるようだったら恐いなぁ。教えてくれてありがと! 何に術を使うか、次までに考えておいてね」
わたしはそのままさっさと帰ろうとした。
その不自然さに当然オルヴァも気付いただろう。けれど基本的に事なかれ主義な彼なら、何も言わないだろうと思ったのだが。
「お前……あまり妙なことには首つっこむなよ?」
扉を開ける前に言われ、リシェはどきりとした。
が、なんとか平静を装ってうなずいてみせた。
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