第4話 探し物の理由
今日の商売もなかなか上手くいった。
リシェは上機嫌でお金を数え、財布に詰めて懐に仕舞う。
それから三つ残った箱と、元に戻した石や枝等の材料を鞄の中に戻した。
もういい時間だ。これ以上売り続けていると、自分が露店を見る時間がなくなってしまう。
リシェは机の上を片付けてから、何でもないことのようにハスロに声をかけた。
「そういえばハスロさん。例の品の噂って最近は聞きます?」
「例の品……雷の翼か?」
「あれからも探しているんですけれど、なかなか見つからなくて」
雷の翼は錬金術の材料になる物だ。一説によると、雷竜の鱗だというが、片翼のような形をしているのでそう呼ばれている。
石のように固い物なので、鉱石や貴石を扱うハスロにも以前から見つけたら教えてくれるように話していたのだ。
「あれは希少だからなぁ。最近は噂も聞かないな」
「そうですか……。あ、わたしお先にお店終いますね。また今度」
「おお、またなリシェちゃん」
笑顔で手を振ってくれるハスロに挨拶し、わたしはその場を離れる。
混み合う人の波を苦労して進み、机や椅子を返すとほっとした。
疲れてきてはいたけれど、すぐに自分も露店を見に行くことにする。ほんの手掛でもいい。見つけたかったから。
「……絶対、お祖母ちゃんを殺した相手を探し出すわ」
祖母クラーラの死因は、転落死。
そう、遺体を発見した警備隊員に告げられた。
王都の家から離れた鐘楼の近くで、地面に叩き付けられた状態で死んでいたという。
錬金術師のお祖母ちゃんが、そんな死に方をするなどありえないとわたしは思った。
風をも自在に操り、短い時間とはいえ空を飛ぶ道具すら作れたお祖母ちゃんが、転落死などで死ぬわけがない、と。
わたしが屋根から落ちかけた時には、お祖母ちゃんに助けられて無傷だった。
依頼を受けて相手を追跡していたお祖母ちゃんが、備えをしていなかったわけもない。
「絶対誰かに殺されたのよ」
人ごみの中をじりじりと進みながら、つぶやく。
その頃、お祖母ちゃんはある物に関わっていた。
わたしにははっきりと教えてくれなかったが、それを頼んだらしい客との会話を立ち聞きしていたのだ。それが『雷の翼』だった。
元の持ち主だった貴族の手から盗まれてしまったらしい。しかし錬金術の品ではなくとも、あれは人に攻撃魔術として使えるような強力な品だ。
祖母が死んで時間が経ち、哀しみが少しずつ遠ざかる中、わたしの心に残ったのは敵討ちの一念だ。
この一年、ほそぼそと手がかりを探していた。
わたしが知っている犯人のてがかりが、『雷の翼』だけだったからだ。それでも希少な品を持っているということになれば、盗んだ相手が売ったか、譲ったということになる。それを辿って行けば、怪しい人物にたどり着くと考えたのだ。
けれど『雷の翼』の噂は、全くといっていいほど無かった。国外に持ち出されたのかもしれない。それならシーグの家の協力を仰げばいいのだろうけれど、言えば絶対に止められる。なにせシーグは一度、わたしに絶対関わるなとひどく怖い顔で怒ったからだ。
「なんであんなに……怒るんだろう」
宝飾品や鉱石、珍しい物を扱う店を一つ一つ見ながら思う。
シーグはお祖母ちゃんを殺した相手を、探したくないのだろうか。
そんなことを考えていると、ふいに呼びかけられた。
「あら、リシェさんではありませんの」
声の方向を振り向けば、そこにいたのは隣の家のヤーデさんだ。
数年前、隣家に住むようになった30代の女性で、細身できびきびとしている上に眼鏡をかけているので、一見すると厳しそうに見える。
けれど未亡人の彼女は気ままにゆったり暮らしているお菓子作りが大好きな女性で、作り過ぎたと言ってはわたしにもおすそ分けをくれる優しい人だ。
最近食べたケーキやクッキーは、ほとんどヤーデさんからもらったものだと思う。
これがまた美味しくて……。
「ヤーデさんこんばんは。お買い物ですか?」
「ええ。この露店、三か月に一度しかないでしょう? 隣国のその向こうから隊商が帰って来る時期に合わせているらしいけれど。その分、珍しいお菓子の材料が入ってくることがあるものですから、いつも来てはいるんですよ、今日はちょっと遅い時間になってしまいましたが」
今までヤーデさんを見かけなかったが、もしかするとわたしが物を売っている間に回っていただけなのかもしれない。
「それにしても、もうかなり暗い時間ですよ? いくら攻撃手段を持つ錬金術師さんとはいえ、危ないですわ。一緒に帰りましょう?」
確かに店をじっくり見て回っていたので、かなり時間が経っているだろう。
それに最近ますます糖分をヤーデさんに依存している私としては、彼女に逆らえない。
露店は三日間。明日も開催されるのだからと思ったわたしは、促されるままヤーデさんと帰途についたのだった。
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