第3話 露店は物を売る場所です

 グレンディル王国の王都キーリクの大通りは、夕方になっても賑やかだ。

 灰色の石積みの建物に囲まれた通りは、仕事帰りの者から、これから夕食の支度のある女性達、さらには旅人が行き交う。

 人の流れは、彼らを誘うように明りを灯す飲食店が立ち並ぶ通りや、宿街、そして川辺近くに商人達が店を広げる、露店へと流れていく。


 わたしは露店へ向かった。

 川辺にたどり着くと、人とすれ違うのも大変になってくる。

 そんな中を、露店を仕切っている商館へ行き、折りたたみの椅子と机を借りる。それから定位置にしている場所に置いた。座る前に、隣でいくつもの鉱石を並べて売っている知り合いの中年男性に挨拶した。


「こんばんわハスロさん」

「おお、久しぶりだねリシェちゃん。新しい箱をもう作ったのかい?」

「ええ見てくれます?」


 顎からこめかみまで芝生のように髭が生えたハスロさんに、わたしは鞄の中の物を机の上に出して見せた。

 それは掌にちょこんと乗る程度の小さな箱だ。

 大理石のような白い石の箱は、蓋の溝が無ければ四角い石にしか見えない。 


 指先で弾くと、見えない蝶番があるかのように蓋が開く。

 同時に泡がはじける音と共に青い光がベールのように上へ、斜めへと広がった。

 青い光のベールには、泡の音と共にきらきらと輝く星と、ゆらゆらと、ときに敏捷に泳ぎ出す、薄紅色の魚の姿が揺らめく。


「おお、これは綺麗だのぅ。良い物が見れたわい。さすが錬金術師だな」

「わたしなんてまだまだですよ」


 褒め言葉に、わたしは首を横に振った。

 錬金術師は魔力を使って別な世界から力を呼び出し、様々な物をつくる人のこという。

 呼び出した力自体は、こちらの世界ではすぐに消えてしまう儚いものだ。

 それをこの世界に固定するのが、術者の想像力と選んだ材料だ。寄り代に魔術を宿らせる方法で作られた箱だからこそ、蝶番もネジもない。


 錬金術で作られた物なので、それなりに高価だ。露天街を通りがかった人々も、見慣れない幻の姿に、思わず足を止めているのがわかる。

 わたしはとても小さく簡素に作って、町の人にも手が届く値段の品物にしてここへ持って来たのだ。

 注目を集めている間に商品を並べようとしていたら、きりきりした声で嫌味を言われた。


「あらこんな所で物売りなんてしてるの? 末端錬金術師は苦労するのねぇ」


 顔を上げると、赤い髪を高く結い上げた、わたしと年の変わらない女の子がいた。何も彼女のことを知らなければ、ちょっとやせ気味だが可愛いらしい女の子だと思っただろう。


「うちの工房には商人の方から注文や品を引き取りに来るけれど。そうよね、偉大なるお祖母様がいなくなれば、貴方なんてわざわざ家まで商品を頼みに来る人なんていないものね」


 上から目線で好き勝手に言われて、正直むかついた。同時に、毎度毎度こっちを意識してからんでくる彼女に呆れる。

 しかも彼女が自慢する商品は、本人が作ったものではなく、師匠が作った品ではないか。

 たとえ現在の王宮錬金術師ファンヌ・レンデルクの弟子であろうと、カーリンは錬金術師を名乗って品を売ることはできないのだから。


「自分の自慢話ならまだしも、師匠の手柄を自分の事みたいに話すなんて……」


 わたしは心の中でつぶやいたつもりだった。


「ちょっと今なんて言ったの!?」


 ついうっかり口に出してしまったらしい。


「なによ、あなたの師なんて、付き合いが長かったから王家も王宮付きから死ぬまで外せなかったって噂のある人じゃない! その弟子なんてたかが知れてるに決まってるわ!」


 カーリンの言葉にむかっとする。わたしを下げるために、なんでお祖母ちゃんを引きあいに出して貶めるなんて、と思ったら言い返していた。


「噂だけでいいなら、あなたの師こそ、縁故だから登用されたって訊いたけど。実際どうなの? 王妃様の従姉なのは本当なんでしょ?」

「っきぃぃぃぃっ! 覚えてらっしゃい!」


 一人でいきり立ち、カーリンは駆け去った。

 まさか本当に縁故で登用されただけじゃないだろうに。むしろ言い返されないことにびっくりしてしまった。

 え、王宮錬金術師ファンヌってそれなりに実績を残した人よね? まさかカーリンが師の功績とか知らないわけじゃないわよね? 確か師事し始めて一年は経ってるはずだし。有名だから弟子入りしたんだろうし。


 むしろ師弟関係が上手くいっていないんじゃないかと心配になっていると、カーリンが騒いだせいで客が逃げてしまっていたことに気づく。

 ……仕切り直さなくては。喧嘩を売り買いしている場合じゃない。


 カーリンとのやりとりを聞いていたせいか、やや引き気味だったハスロから、白い小さな石を買った。そして鞄の中から出した鍵の形をした石『石鍵』を二つと木の枝。乾燥した花を一緒に机に置く。

 そして想像した。

 箱ではないもの。もう少し目立つ、石が木のように伸びて葉を茂らせるような置き物の形と木の上でさえずる小鳥の姿を――。


『回れ大地の鍵、魂の翼』


 祖母から習い覚えた呪文を唱えると、鍵の形をした石が浮いて溶けながら、二重の円をつくる。円の中には緑の硝子が煌めくような空間が見えた。

 円の中に、側に置いていた石と枝花が落ちると、鳴き声と共に白い半透明の鳥が飛び出す。

 鳥の姿を追うように白い石の枝葉が伸び、その根元に花が咲き始めた。

 ふっと緑の円が消えた後には、木と花を石で作ったような置物と、周囲を飛び回る白い鳥の幻影だけが残る。


 息を吐くと、すこしめまいがした。が、それ以上に思いを解きはなった開放感があった。

 そしていつの間にか周りに人が集まってきて、興味深そうに石の置物と、その上に乗って謳う幻の白い鳥を見つめている。

 彼らに向かってわたしはにっこりと笑みを浮かべた。


「お一ついかがですか?」

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