第5話 捜査協力を求められました
翌日も、リシェは露店に来た。
昨日と同じように、まず品を売ってから目的のものを扱う商人がいないかを探す。
毎日同じ商人が露店を出しているわけでもないので、ここに市が立っている三日間は、連日通うつもりだ。
でも収穫は全くと言って無かった。
一通り見回してから露店街を抜けて近くの広場にある大時計を見ると、既に夜の二十時を越えている。あまり遅くなるなとシーグに口をすっぱくして言われているから、そろそろ帰った方がいい。
さもなければ、何時間でもシーグはリシェの帰りを待っていることだろう。
祖母が死んで以来、ほぼ毎日のようにシーグはあの扉からやってくる。
彼が来ない日を数えた方が早い位だ。そういう時、彼はどうやら貴族らしく夜会に出ていたり、領地へ行ったりしているらしい。
しかし今日は夕方から入り浸っていた。きっと暇なのだろう。夕食を食べたらまたリシェの家にやってきて、きちんと帰ってくるのを確認するに違いない。
「シーグってまるでお父さんみたいよね」
実際、シーグも父親代わりのつもりなのだろう。しかしその行動が、時々ほんの少しだけ、物足りない気がするのはなぜだろうと思う。
「きっと二歳しか違わないのに、親代わりのつもりになってるのが、ちょっと気にくわないんだわ」
ぶつぶつと呟きながらも帰途につこうとした。が、
「あーいたいた! リシェ!」
名前を呼ばれて振り返る。
露店街から流れてくる人の波をかき分け、見知った少年が走ってきた。
生成のシャツの上から、支給品だというジャケットを着て革ベルトを締め、そこに剣を下げている。しかしきちんと腰丈までのマントを羽織っているのにも関わらず、その格好が『着られている』感じがするのは、彼がやはり新入りだからなのだろうと思う。
「エンデ。警備隊の仕事中じゃないの?」
焦げ茶色のよく飛び跳ねている髪をした少年は、いたずら小僧の気持ちから抜け出せていないような、無邪気な笑みを浮かべている。
「そそ。ちゃんと仕事中。ちなみに仕事の関係であんたを探してたんだ」
「仕事の関係で?」
警備隊の仕事の関係で、錬金術師のしかもまだ駆け出しの手を借りたいなど、初めてではないだろうか。
「警備隊の仕事だったら、もっと年数と実績を積んだ人の方がいいんじゃないの? 錬金術で作った物の鑑定かなんかをさせようってんでしょ?」
わたしははまだ実績を積んでいる途中の状態だ。とにかく術で品物を作るために、材料費と生活費を稼ぐので精一杯なのだから。
「あ、俺が推薦しておいた」
「はぁっ!?」
軽くエンデに理由を知らされ、耳を疑う。
「なんでまたわたしを推薦? 頭大丈夫? 鑑定とかって、実績とかない人間がやったって、おもいきり胡散臭い顔されるし信用されないし、とにかくいいことないんだけど?」
色んな意味で役には立たないだろうと親切に教えたのに、エンデは「いいからいいから」とわたしの手を引いて歩き出す。
「どっちかっていうと、リシェみたいな無名の人間の方がいいんだ」
「どういうこと?」
「ま、とにかく来なよ」
そういって露店街近くから大通りへ戻り、さらに王宮の方向へ進んだ広場へと連れて行かれる。広場に面した一画に、エンデの所属する王都警備隊第三分隊の分署がある。
広場に敷かれた石畳と同じ、白っぽい石を積み上げた建物だ。
最も、この広場には他に第一分隊と第二分隊の分署もある。それぞれ広場を起点に、北側を第一、西を第二、東側を第三分隊が担当しているのだ。
当初はさらにこの隣接した地域を担当する分隊が、お互いに協力し合ったり、情報を共有しやすいようにと、こんな同じ場所に分署を設けたそうなのだが、
「それが……第一の連中に見つかるとやっかいでさ」
「錬金術師を呼んだってバレたくないから、無名のわたしを呼んだわけ?」
「そういうこと」
リシェに見て欲しい物というのは、第一分隊の担当域で起きた、事件現場にあったものらしい。既に似た事件が第三分隊の領域で起こっており、同じ物が現場にあった事に気づいた者が、こっそり持ち出したようだ。
赤茶けた鉄の扉を開き、エンデはリシェを中に招く。
中の様子は、どこかの小綺麗な食堂と似ている、と感じた。いくつかある机や椅子に、交代待ちらしい警備隊員がくつろいだり、泥酔しかけている男を前に、住んでいる場所を尋ねている者もいる。
エンデはさらに奥へわたしを引っ張り、分厚い木の扉を開ける。
中の長卓を囲んでいた人々が、一斉にわたし達を振り返った。
うっ、とわたしはひるんだ。
自分とは横幅も丈も二回り以上ある男性ばかりがいる場所だったのだ。しかも筋骨隆々とした彼らは、こちらを見やるだけで威圧を感じた。正直に言って恐い。
「彼女が例の?」
中の一人、髪は白くなり顔は老いていても、がっしりとした体つきの老人がエンデに尋ねた。
「そうです。知り合いの錬金術師リシェですよ、隊長」
隊長と呼ばれた老人が、立ち上がってわたしの傍まで来て、握手を求めてくる。こわごわとではあったが、失礼になってはいけないからと、わたしは隊長と握手をした。
「こんなむさい場所へ呼んで済まないね、私は隊長のファルクだ。応じてくれてありがとう、リシェさん」
「あ、いえ、とんでもないです」
優しく話しかけられて、緊張がいくらかほぐれる。
そんなわたしを、隊長が中央に一つ空いていた椅子へ座らせてくれた。
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