俺様
「あき、別れたらしいよ」
それは、願ってもないニュースのはずだった。だが、体が素直に喜ばなかった。
「まじ?」
「がんばりなー」
しおりは相変わらず返信が早い。会話がとんとんと進んでしまうから、やり取りはすぐに終わってしまう。もっとも、俺は、どんな風に別れたか、とか、まだ未練があるのかを聞きたかったんだけど。
俺はガッツポーズした。立ち上がってもう一度ガッツポーズした。
俺の番だ。
あきちゃんは4限があるから、この広場を必ず通る。俺は掲示板を見るふりをしながら、彼女が通るのを待っていた。
俺の作戦はこうだ、きっとあきちゃんは元カレへの不満が溜まっている。でもあの性格だから、周りには言えない。そこで登場するのがお酒だ。彼女はお酒が好きって前にしおりが言ってた。つまり飲みに誘うのがベストなんだ。
あ、来た。俺は胸を撫でおろし、前に飛び出た。
「おーあきちゃん」
偶然会ったかのように振舞うのが基本中の基本だ。
「おー」
反応は相変わらず薄いが、作戦は続行だ。
「あきちゃん、今日飲み行かない?」
「悪い、今日は用事があるんだ。」
な、なんだって。今日は4限までで、放課後も部活はないはず。だがここで何の用事?とか、じゃあ明日は?とは言えない。しつこくしないようにしないと。
「あ、そっか。じゃあまた今度」
通りすがりのふりをしたいから、すぐに去った。いやーショックだなー。
あんまり好かれていないと感じる。もちろん、あきちゃんは普段から冷たい方だけど、それは俺にだけじゃない。男子と話しているのを見たことがないが、しおりが言っていた。男子には基本的に冷たいよーって。勇気を出して、「俺のことどう思ってるかな?」って聞いたこともあるけど、
「ゆうやにはね、かなり丸い方だよ。かんばれ!」
と言われた。丸い方って…。希望があるようなないような曖昧な言葉を使われた。恐らく、しおりでもあきちゃんの気持ちを完全に把握しているわけではないのだろう。
やはり謎が多く、高貴な存在だ。
だからこそ、俺は付き合いたい。
俺は、正直モテる。大学に入ってからは、3人に告白された。まあ、大して可愛くもなかったから断ったけど。というか、懐かしいな。入学当初は舞を狙ってたな。パーマが好きって聞いて、俺はパーマをかけた。これが、案外似合って今でも続けてる。まあ、結局話さずに終わった。同じゼミを取っているからいつか話せるだろうけど。
あきちゃんはどう思っているのかなあ。
彼女は俺の髪や顔をしっかり見ているのかな。俺と話す女子は、髪型や顔のあちこち、もしくはこの二の腕なんかを見る。でも、あきちゃんは、目をしっかりと合わせて話すか、全く違う方向を見て話す。
不思議だ。
俺は4限のゼミに向かっていた。あきちゃんの待ち伏せをしていたからチャイムと同時に教室に入る。先生はまだ来ていなかった。
グループ分けが始まる。今日は誰と一緒になるか楽しみだった。話せる舞と一緒でもいいし、新しい友達ができてもいいし、まあ、うざい人だけは勘弁。
舞と一緒になった。まあまあ可愛い女の子と、よく分からない眼鏡の人。
「ちなつーよろしくー」
「よろしくー舞ちゃん」
舞とこの女の子は友達なのか。にしても、この2人は違うタイプの人間だ。舞は俺が知る限り誰とでも、このように明るく話す。偽りのなさそうな笑顔は圧巻だ。さすが、俺が狙っていただけのことはある。
なんちって。
気になったのはもう1人の女の子だ。明らかに舞を、こう、謙遜していると言うか。遠慮を感じる。そして声に覇気がない。こういう女の子、クラスに1人入るよねー。真面目だからって学級委員なんてやっちゃって、蓋を開けてみれば、まとめられないと隠れて泣いていたりするタイプ。こういう弱そうな女の子、大学にもいたんだ。
まあ、それはいいや。舞と話すせっかくのチャンスなんだ。共通の話題から攻めよう。
「あれ、あきちゃんの友達?」
「そーだよー。あきの知り合い?」
んー友達以上、恋人未満かなー。
「そーそー、てか俺も工学部だよ!」
「まじ?男子多くてわからないわー」
まあ、それもそうだ。
俺は共通の話題としてあきを選んだ。しおりと繋がっていることは隠しておいた方がこれから先も都合がいい。
「なんだみんな知り合いかよー。」
眼鏡が動き出した。俺と舞の楽しいおしゃべりに入ってくんなっつうの。と思いながらも、それを態度には出さない。幻滅されたくないから。話を上手く合わせていた。
「えーでは、今日の課題を発表します。」
課題が発表された。学生の学習時間の減少について考えろ、か。なんかだるそうなの来たな。
勉強か。俺は女の子に勉強を教えるのが中学のド思春期から好きだった。 わかったと言ってくれる喜び、感謝される誇らしさ、尊敬の眼差し、それを全て手に入れられる。好きこそものの上手あれ。俺は教え方がうまいと評判だった。だから、工学部に来たけど、教職過程もこなしている。教師は大変そうだと思いつつも、なってみたいとも思う。
話が逸れた。そんなわけで、俺のモチベは女の子に教えること。そのために結構勉強してきたし、成績もそれなりにあった。
いや、待て。こんな話ここでできるはずがない。
「ちなつはどう思う?」
舞が口を開く。俺よりもさきに意見を求めるなんてそんなにその子は頼りになるのか?
「うーん、スマホの普及と関係ある気がする。」
「確かに!それじゃん!」
話がリズムよく進んでいった。スマホね。最近だと小学生でも持っているっていうしな。なかなか模範解答的で文句のない意見だ。
「スマホの時間が、勉強時間を奪ってる、ということかー」
舞がまとめた。
「もっと意見出さないとねー」
一瞬、目が合う。頼りにされた気分になったので、意見を出すとしよう。やはりモチベは大事だ。モチベ、じゃなくて意欲がなくなっているとかは考えられないだろうか。
「あとは、学習意欲の欠如?」
「欠如とか、かっこつけちゃって。やる気がないってだけでしょ。」
まあ、俺の見た目からしてやる気がありそうには見えないのだろう。
「でも、確かに。野口英世とかの意欲はすごそうだよね。」
その通りだ。偉人は功績というよりも、やる気が違うように感じる。結果は自然とついてきた的な。
意欲が、その人達にあって俺達にはない。だとしたら、昔と今、何が違う。何が意欲を奪っている。
俺はやりたくなかったことを思い浮かべる。やはり、夏の終わり、まだ遊びたいというのに立ちふさがる『課題』の野郎が気に食わなかった。大学はないから最高だな。
「俺はさ、勉強というより課題が嫌いかな」
「あ、確かに!」
他3人が声を揃えて言う。仲良しかよ。
「勉強しろって言われるとやる気なくなるよなー。」
眼鏡が共感してくれた。いいじゃん。
「じゃあ、こんな感じでプレゼンしよう。」
舞は付け入る隙もなく、代表としてプレゼンに向かった。なんたる有志、惚れそうだぜ。
そのプレゼンは居眠りをしてしまった。いつも聞こうと考えているのに寝てしまう。デイスカッションが終わると途端に眠気が襲ってくるのだ。もう役目を終えたと体が言わんばかりに。
「いえーい!」
俺たちはMVPに選ばれたようだ。黒板に複数の単語がある中でスマホだけが丸く囲まれている。その意見を出したのは、ちなつって子だっけ。
デイスカッションでは、俺と舞がほとんど話していた。だから、悔しかった。あのちなつって子に美味しいところだけ持っていかれたよ。それにあの態度が気に食わない。言いたげなことがありそうな顔をしつつも、相槌の一点張り。ああいう、弱々しそうな女の子は苦手。どう接していいのかも分からないし、何考えてるかも分からないし。やっぱ、舞みたいに明るい子が好きだな。
でも、あきちゃんはそんなに喋らない方か。でも、決定的に違う。あきちゃんはとにかく強い。言葉の重みもあるし、芯がしっかりしている。
「なに、ぼーっとしてんだよ。」
翔太が話しかけてきた。彼は同じ学部でコースも同じ。いつメンのうちの1人。いつもこのゼミの後、一緒に帰るか飯を食いに行く。
「舞ちゃんって子可愛くない?」
共感を求めてきた。とっくのとっくに魅力には気づいてたっつーの。
「あー今日めっちゃ話したわ。」
誇らしく言った。俺の方が毎日回存在だってことを分からせたかった。
「もう一人の子はどんな子だった?」
舞を諦めたのか話を変えてきた。なんなら、とことん、希望を壊してやろう。
「あの子はね、あんま話さなくて、苦手なタイプ。何考えてるかわからないし。」
「そっか。」
っと、翔太が言ったのとほぼ同時に。廊下からバタバタバタという音が響いてきた。現在16時14分、5限までは6分もあるのに走るやつがいるのか?
変なの。
きっとそいつは必死な人相で、ほかの人が歩く中、走って何かに向かっているんだろうなと思うと、笑えた。
「あ、学食行かない?」
いつも通り、早めの夕飯に向かう。学食は手作りより値段が高いが、なにしろ楽である。まあ、料理は得意なんだけどな。
席を選んでいると、大声で話す知った顔がいた。
またあいつか。
この時間に学食に来るといつもいる。そして、大きな声で自分の意見やらうんちくやらを大声で述べている。恥ずかしくないのか?
俺はそいつを睨みつけ続けた。こっちを見やがれ。
「おい、何してんだよ。」
「あ、席どこにしよっかなって。」
適当な言い訳をし、もう一度睨みつけたのち、視線にあいつが入る近くの席に荷物を置く。俺をみたらどんな気分になるんだろうな。
あいつはサークルが一緒だ。でも、ハブいた。下手くそだし、うざいし。したら突然、来なくなった。
「いつか、上手くなって大会とか出たいなー。」
「仲良いメンバーでチーム作って大会とか出ない?」
「次のゲームはハットするわ。」
うざいうざいうざいうざい。思い出しただけでイライラする。鳥肌が立つ。体がかゆくなる。
俺はお前みたいな努力もしないくせに大口叩く奴が大嫌いなんだよ。
俺は不機嫌のまま、料理よりもあいつを睨みつけながら食事を終えた。
何を食ったのか思い出せなかった。
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