PART6

 雲一つない夜だった。

 9月に入っているとはいえ、まだ蒸し暑い。

 

 風などそよとも吹く気配はない。


 池袋の住宅街といっても、静かなもんだ。


 俺は2時間以上前から、音もたてずにダイニングキッチンの椅子に腰を下ろし、その家の中で、


が来るのを待っていた。 


 もっともお屋敷などと言っても、


 二階建てで部屋数は一階が3室。二階が2室の計五部屋。


 残りははリビングにバス、トイレが二つという造りで、普通の家より幾分金がかかっているという程度で、さほどの趣も豪華さもあるわけではない。


 分かっているだろうが、ここは俺の家ではない。


 俺は罠にはめようと、この家を借りたのだ。


 誰の家か・・・・それはもうご存知だろう。


 俺は腕時計を確認する。


 時刻はもう午後11時を回っていた。


 どこからか虫の声が聞こえる。


 幾らまだ暑くても、秋は秋だな。


 俺はそんなことを考えて居た。


 すると、どこかで小さな物音が聞こえた。


 何かを削る音、何かを切る音、そんな音だ。


 俺は物音に神経を集中する。


 すると、玄関のドアが開き、何者かが室内に侵入してくるのが分かった。


 『何者か』は、そのまま玄関を上り、床を軋ませながらリビングに入って来る。

 

  一階の一番奥・・・・この家の中でたった一つだけの畳敷きの和室だ。

 その部屋の一番奥に、銀色に鈍く光る金庫があった。


 『何者か』は、リビングを突っ切って、まっすぐ和室に入る。


 俺は椅子からゆっくりと床の上に降り、匍匐前進の要領でリビングに移動した。


 『何者か』は俺に背を向けるような格好で、金庫のドアに取りつき、ダイヤルを回し始めた。

 

 歯車の回る小さな音が、こちらにまで聞こえてくる。


 と、何かが噛み合う音がして、軋みながら金庫のドアが開いた。


 俺は大きく息を吸い、ホルスターから拳銃を抜いた。


『そこまでだ。下手に動くと撃つ。』


 俺は『何者か』の背中に向かって声をかけた。


 振り向いた。


 月明かりが斜めに金庫、そして『何者か』の顔をとらえる。

 

 身体にぴったりと張り付いたようなスーツ、腰の周りに幾つかのダウンポーチを装着したベルト。肩から下げたガン・ホルスター。


 それら物騒なナリに対比して、異様に白い肌、艶やかな黒い髪。そして顔の右半分を覆っているあざ、一見するとあどけない顔立ち・・・・。


 言わずと知れた、その『何者か』の正体は、


 世間で言う、


『怪盗RANMARU』だった。


 彼の眼が光った。


 そして、一言も発せず、脇にぶら下げたガン・ホルスターから拳銃を拳銃を抜き、俺に銃口を向ける。


 紅く塗られたS&W.38チーフスペシャル。


 花火の弾ける、いや、それよりももっと鈍く、それでいて甲高い音が連続して闇を裂いた。


 一瞬の差だった。


 俺は三発、M1917は火を吹き、.45ACP弾が反撃する。


 また静寂が戻った。


 いや、正確には完全な静寂ではない。


 低く、細く、

 

 うめき声とも、泣き声ともつかぬ声が聞こえる。


 俺は壁際に移動し、伝統のスイッチを入れた。


 部屋が明るくなる。


 奴の撃った弾丸は三発、一発は大きく逸れ、2メートルほど向こうの壁にかかっているレンブラントの銅版画(勿論レプリカだ)を貫いていた。残りの一発は俺の頬をかすめ、俺の背後のドアに穴を開けていた。


 俺は二発、一発は奴の右肩に当たり、残りは金庫の扉に当たり、どこかに飛んでいた。



 











 



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