PART2

『怪盗RANMARU』というのは、当人自身がそう名乗っている訳ではない。


 ただ犯行現場に今大人気の戦国武将漫画に登場する織田信長の小姓、森蘭丸のイラストを描いたカードを残していくことから、マスコミが勝手にそう呼んでいるだけだ。


 特徴としては、今の所人を傷つけたり殺したりと言った凶悪犯罪を一切行っていない事。


 狙うのは大抵金持ちに限られており、また盗むものも現金よりは宝石などの貴金属類が多い事。


 この二点から『現代の怪盗ルパン』『鼠小僧の再来』と、反体制好きな連中がはやし立てているというわけだ。


 だが、俺は『怪盗』などというものは世の中には存在しないと思っている。


 ましてや義賊なんてものは、お笑い草でしかない。


 被害者えものが悪徳政治家だろうが、大金持ちだろうが、人からモノを盗んでいる、体のいいコソ泥に過ぎんのだ。


『・・・・それを俺に捕まえてくれと?悪いがあんたも元は警官おまわりだったのなら分かるだろう?それは警察の仕事やくめだって』


 彼はしばらくうつむき、それから気が付いたように顔を上げ、上着のポケットからマイルドセブンを取り出し、


ってもいいか?』とだけ訊ねると、俺が『いい』と答える前にさっさと火を点けてしまった。


『無論、警察だって捜査しごとはしてるだろう。血眼になってな。だが・・・・』

『だが?』

 煙草を点ける前に断ってくれとは言いそびれた。


『あいつは俺の弟子みたいなもの・・・・いや”弟子”なんだよ』


 彼は辛い思い出を煙と共に吐き出すように話し始めた。


 整骨院と柔道場を営む傍ら、保護司をやり、そしてそれとは別にあちこちに出かけてボランティアで柔道の指導も行っている。


 その中の一つに、所沢にある児童養護施設があった。


 もうそこには10年近くの間、ずっと教えに通っている。


 児童養護施設と言うのは、理由わけがあって肉親と離れて暮らさねばならない子供を収容しておく施設ところで、3歳程度から、上は15~6歳くらいまで入所することが出来る。


 何でも昔の警察仲間の親類に、施設を経営している財団の理事がおり、その伝手つてで柔道を教えることになったという。


『その少年』に初めて会った時、彼はちょうど小学校の四年生位だった。


 名前を上野五郎。ただ、親が付けたという意味の『名前』ではない。


 彼はまだ生後六か月位の頃、上野公園のベンチの上に遺棄されていたのを

警察官に発見されたのだという。


 従ってこの名前も、慣例で当時の台東区の区長が名付け親になって命名されたそうだ。だから、両親が誰かも、どこで生まれたのかも、本当のところは不明のままである。

 

(後で聞いた話だが、法律上今の日本には『孤児』はいないことになっているらしいが、彼の事例からも明らかなように確実に存在するのに、だ。)


 その後彼は乳児院(養護施設の前段階の施設、生後一年未満から、三歳くらいまでの乳児を収容する)にまず入れられ、それから幾つかの施設を転々とした後、6歳になった頃、所沢の施設に来たのだという。


 何故彼がそんなに施設を転々とせねばならなかったか、俺はその点がひどく気になった。


 吉岡は苦い顔をして煙草を何本も灰にした挙句、ようやく重い口を開いた。


 何でも上野少年には、盗癖・・・・それも本当に生来のものとしか思えない、なテクニックがあったのだという。


 その為、あっちこっちの施設で問題を起こし、

『ウチではこれ以上面倒が見られない』

『すまないが他所へ行ってくれ』


つまりはにされたわけだ。


『しかし、この上野なにがしって子がその怪盗「RANMARU」だと、何故気が付いたんだね?』


 俺の問いに、吉岡は学生服の写真と新聞の切り抜きを指差しながら、

『見て分らんか?』と言った。


 俺はルーペを取り出し、つぶさに二枚の写真を確認した。


 どちらにも右の頬から顎にかけて、三日月形の大きなあざのようなものがある。


 それ以外は色白で、むしろぞっとするくらい美少年なのだ。


『俺は彼が中学を出るまで、ずっとその施設に通って柔道を教えていた。彼は身長はそれほど高くはなかったが、すばしこくて運動神経が抜群だった。それに、少なくとも俺の見た範囲では異常性は全く見られなかった。むしろ素直でどこにでもいる少年のように見えたんだが・・・・』


 ところが、中学を卒業して間もなく、彼は忽然こつぜんと施設から姿を消してしまったのだそうだ。


 彼が使っていた居室には、職員に対する礼の言葉がしたためられた手紙一枚と、そして少しの手回り品が残されたきりで、本当に煙の如く消えてなくなってしまったのだという。


 流石に気になった職員達も、八方手を尽くして探したのだが、結局行方は見つからなかった。


『それが二年前、つまり彼は現在満年齢で十七歳ということになる』

『なるほどね。それがRANMARUというわけか』


 吉岡は黙って煙草をふかし続けている。否定も肯定もしなかった。


『俺は彼がいた施設に格別思い入れがある訳じゃない。ただボランティアで柔道を教えに行っていたに過ぎんのだが・・・・しかし一度でも教えたからには俺は弟子だと思っている。弟子の心配をするのは師匠の役目だ。確かに今はまだ凶悪事件は起こしておらんが、この先エスカレートして、ひょっとしたらと思うとな。頼む、その前にお前の手で何とか彼を捕らえて貰えんか?』


『しかし警察なら金はかからん。俺は探偵だぜ?当然金はかかる。』


『分かってるさ』


 彼は懐からごつい革の財布を取り出して、一万円札で十万を出して卓子テーブルの上に置いた。


『足りなければ何時でも言ってくれ、何としてでも都合するから』


『もしも大事おおごとになったら・・・・つまりは向こうが牙を向けてきたらどうする?』

『その時の処置はお前に任せる』

『この節は探偵でも拳銃は持っていいんだぜ』

 彼は何本目かの煙草に火を点け、


『何度も同じことを言わさんでくれ・・・・』彼は頬を歪めて答えた。

『オーケィ、いいだろう。引き受けましょう。契約書を渡すから、サインをして渡してくれ。それと念書もな。料金は通常通りだ』


 俺は立ち上がって、デスクの引き出しから一枚取り出し、彼の前に差し出し、窓を思い切り開けた。



 





 

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