PART3

 俺は早速あっちこっちと調べまくった。


警察おまわりとはお世辞にも仲良くしたくはないが、この手の情報は連中から拾うに限る。


『RANMARU』こと上野五郎が荒らし回っているのは、都内を中心として、関東近辺の様々な街だった。


 大企業の社長、銀行の頭取、大病院の院長、etc・・・・全て一定以上の所得の持ち主ばかり。


 勿論どこの家も厳重に防犯設備を整えていたものの、彼はそんなものとも思わずに楽々と突破し、仕事をやってのけていた。


 大抵は留守の時を狙っての”仕事”だったが、中には在宅中に堂々と忍び入り、しかも家人がまったく気づかないうちに、貰えるだけのものを貰って退散している。


 警察も初めは複数犯を疑ったらしい。


 そりゃそうだろう。


 幾ら何でもまだ十八にもならないガキに、あんな鮮やかなテクニックで、しかもたった一人であれだけの犯罪しごとがやってのけられるものか、とな。


 俺が警官おまわりだってやっぱり同じに考える。


 おまけに指紋はたった一度、それも一人分しか検出されていない。


 靴跡は見つかったが、大きさから考えても、それは大人のものとはいえないという。


 加えてあの防犯カメラの画像だ。


 今の所『RANMARU』本人であろうと確認できるのはあの画像だけだ。


 あの画像の元は、田園調布にあった、ある会社社長の自宅に設置されていたものだった。


(え?警察と仲が悪いのに、そんなことまで教えてくれたのか。だって?俺だってプロの探偵だぜ。連中のツボくらい知ってるさ)

 あの少年ガキは、明らかにカメラがあることに気づき、それどころかレンズに向かって微笑みすら浮かべていたのである。


当の防犯カメラそのものは破壊されてしまっていた。


 撃たれたのである。


 勿論撃ったのは少年=RANMARU=上野五郎だ。


 そして奴が使ったのは・・・・38口径の小型拳銃。薬きょうが見つからなかったところから、リヴォルヴァーに間違いはない。カメラから発見された弾丸は.38スペシャル弾だった。

となるとS&Wのチーフ・スペシャルといったところだろう。



 どこで手に入れたのか知らないが、奴は拳銃を持っている。

 しかも暗闇の中で、監視カメラのレンズを的確に狙って破壊するだけの腕も備えているのだ。


 こいつは純真無垢な少年ガキでもなけりゃ、

『怪盗』なんてお体裁のいい存在でもない。


 ただの犯罪者だ。


 それも犯罪そのものを楽しんでいやがる。あの笑顔はそうとしか思えなかった。



 私の名前は絶対に出さないでくださいよ。彼は俺の顔を見て、幾度もそう念を押した。


 次に俺が訪ねたのは、大田区にあったそこそこの規模の中古車ディーラー。訪ねた相手は・・・・まあ、名前だけは書かずに置いてやろう。仮にヤマダシンイチとだけしとこうか。


 彼はこの中古車ディーラーに入ってもう15年、真面目に働き、先代の社長に気に入られ、娘の婿に収まり、現在は跡を継いで若社長、という訳だ。


 彼、ヤマダ氏も、二親がいない。


 父親は彼が二歳の時に交通事故で亡くなり、その後は母親の手で育てられたが、その母も五歳の時に男を作って駆け落ちした。

 

 今流の言葉で言えば『ネグレクト』である。


 他に育ててくれる親類縁者もいなかったので、児童相談所から、養護施設に預けられた・・・・。

 RANMARU こと上野五郎と同じ時期に、所沢の施設にいたことを『ある筋』から突き止めた。


『彼とはずっと同じ部屋で暮らしてました。私の方が幾分歳が上だったんですが、彼とは妙にウマが合いましてね。

 でも私とは性格的にかなり違いましたよ。私は育った環境が環境だったもんだから、あんまり大人ってものを信用しなかったんですが、彼は大人・・・・いや、正確には自分の周囲の人間には極めて従順でした。素直で、逆らったことや、ケンカをしたりいじめをしていたことなんか殆どありませんでした。でも、それは彼の本性じゃなかったんです』


 彼はそこでちょっと言葉を切り、また『絶対に内緒にしてくださいよ』と念を押し、続けた。


『・・・・こんなことがあったんです。彼よりも五歳ほど年下の少女がいましてね。母子家庭で、母親が一人で生活していくのが精一杯だとかで、施設に預けられていたんです。でも、

子供思いだったんでしょう。毎月のように彼女の元に何かを送ってきてました。

もっとも、大したもんじゃありません。

 ガラス玉のペンダントとか、まあそういったものです。

 ある時、彼女が母親から送られてきたもの・・・・そう、確か魔女っ子アニメのヒロインが変身に使うアイテムのオモチャなんですが。それを友達に見せて一緒に遊んでいたんですけど・・・・』

 

 そのおもちゃが、不意に無くなってしまったというのだ。別にそれほど高いものではなかったのだが、彼女にとっては母親から送って貰った大切な品物である。それこそ必死になって探したが、どこからも出てこなかった。


『その日の夜の事でしたよ。消灯間際のことでした。五郎が『これ』といって、私に引き出しを開けて見せてくれました。それがなんとそのオモチャだったんです。

「お前が盗ったのか?」と訊ねると、彼は「うん」と頷きました。

「何で?」と聞いても「別に、ただ欲しかったから」と、涼しげな顔でそう答えたんです。流石に私も恐ろしくなりましてね。でも放っておくわけにも行きませんから、当直の職員せんせいに彼の名前は出さずに、

「庭の隅に落ちていた」といって提出しました。結局特にとがめ立てもされずに終わりましたが、職員せんせいも何となく気が付いていたんだと思います。

私も欲しくもないものを盗んで平気な顔をしてられるあいつに、何とも知れない薄気味悪さを感じたのを、今でも覚えています』


 彼がいなくなった時、ヤマダ氏は既に退寮して、働きながら定時制高校に通っていたから、その後の経緯については全く知らないという。


 俺は又一つ、何か確信めいたものが、心の中に積み上がったような、そんな気がした。


 


 


 



 


 

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