花の金曜日
今日は花金。サキちゃんと御飯を食べた後にバーに行こうという話になりました。ちょっと背伸びしてカクテルを楽しもうってところです。店は以前にコトリ先輩に連れて行ってもらったことがあります。
「カランカラン」
店に入るには木製の扉を開ける必要があるのですが、そこにはカウベルが取り付けてあって、音が鳴るようになっています。ちょっと緊張気味の二人です。
「いらっしゃいませ」
バーのオーダーの仕方もコトリ先輩に教えてもらっています。カクテル名をオーダーしてもイイのですが、もっとアバウトな注文でも受けてくれるって。基本はショートとロングで、ショートはアルコールが強く、ロングは弱いだったかな。それにベースのスピリッツを指定すればOKみたいなところ。
ただベースのスピリッツといってもよくわかんないので、無難にフルーツカクテルにしました。私はキイウィ、サキちゃんはパイナップルにしました。カクテルが出来上がるのを待つ間に、
「シノブちゃん、あそこの人、すっごい綺麗だと思わない」
言われて見てみると、それこそ息が止まりそうになるぐらい綺麗な女の人がカウンターにおられます。大人の魅力もたっぷりあって、サキちゃんが気になるのはよくわかります。
「ホントに。でも、どこかで見覚えが・・・」
「知ってる人?」
「知ってるというか・・・フォトグラファーの加納志織じゃない」
「えっ、そう言われたら似てる気がする」
部長にコトリ先輩の恋の調査を頼まれてから、加納志織は何度か写真で見直しましたから、たぶん間違いないはずです。写真でも綺麗ですが、実物はもっと、もっと素敵です。
「シノブちゃんさぁ、隣に座っているのは彼氏かな」
「そりゃ、あれだけの美人だから彼氏の一人や、二人いない方が不思議よ」
「そうよねぇ、私もあれぐらいの美人に生まれてたら、どんなに幸せな人生を送れたことか」
「サキちゃんだって可愛いよ」
店に入った頃はカウンターもほぼ満席状態だったのですが、その日はそこから帰り始めるお客さんが続いて、いつしか店内は私たちと加納志織らしきカップルの二組だけになりました。
飲みながらコトリ先輩とのお話を思い出していました。加納志織はコトリ先輩の恋のライバルで、同じ男性を巡って二年越しに争っているって。そうなると、あそこに見える男性はコトリ先輩の恋の相手かもしれません。
コトリ先輩はその人の写真を見せてくれませんでしたが、ムクムクと好奇心が湧いてきました。なにか情報をつかんで部長に報告すればご褒美がもらえるかもしれません。というか部長には、
「なにかわかった事があったら報告してくれ」
こうとも言われるのです。まあ、部長からの依頼じゃなくたって、コトリ先輩の恋のお相手は知りたい、知りたい。ちょっとためらいもあったのですが、酔いの勢いも手伝ってくれて、
「あのぉ、失礼ですが、ひょっとしてフォトグラファーの加納志織さんではありませんか」
「ええ、そうですが、あなたは?」
あちゃ、どう答えよう、考えてなかった。動転してしまった私は、
「私は『クレイエール』と言う衣料品メーカーの社員です」
しまった、こういう時は『ファンなんです』ぐらいにするんだった。そうアタフタ思ってたら、隣の男性が、
「クレイエールっていえば、コトリちゃんの会社やんか」
「えっ、コトリ先輩御存じなんですか」
「小島知江さんやろ。ボクもシオも同級生やったからよく知ってるんだよ」
もう間違いありません。加納志織を『シオ』と呼び、コトリ先輩のことを知っているだけでなく『コトリちゃん』呼ぶのなら、この男性こそコトリ先輩の恋のお相手です。それにしても、恋のお相手も同級生だったとは少し意外です。
「こっちにおいで、一緒に飲もう」
「イイんですか!」
「コトリちゃんの話も聞きたいし。エエやろシオ」
「カズ君さえ良ければ、もちろんOKよ」
どうも男性は『カズ君』と呼ばれてるようです。おずおずと隣に座らせてもらったのですが、男性の情報を得るチャンスです。最初はコトリ先輩の会社での様子をあれこれ聞かれました。私たちはコトリ先輩がいかに素敵か、どんなにすばらしい人かを力説したのですが、
「そやろな」
「私も当然そうなってると思うわ」
お二人にとってはコトリ先輩が、そんな存在になってるのは『当たり前』って感じの受け取りようです。
「シオはコトリちゃんにいつ会った?」
「ユッキーの葬式が終わって、カズ君に報告した後ぐらいと、館長さんとこの撮影の少し後に会ってるわ」
「変わってないもんな」
「そうね」
コトリ先輩もそうですが、加納さんもコトリ先輩のことをなんのこだわりもなく話題に出されます。ライバルはライバルみたいですが、対立関係で憎しみ合ってるものではなさそうなのはわかります。ここでまたユッキーの名前が出てきました。
「ユッキーさんって、どなたなのですか?」
「それはねぇ、カズ君の前の奥様。そりゃ、もう素敵な方だったのよ」
「加納さんより?」
「私なんかじゃ、比べ物にならないって」
「シオとはタイプが違うからな」
すぐ近くで見る加納さんはため息が出るほどお綺麗で、スタイルも抜群です。世の中に、これほど完璧に美しい女性が存在するんだって思い知らされる気分です。美しさもここまでくると、劣等感によるジェラシーさえ湧かないって感じでしょうか。そんな加納さんよりユッキーさんを上に置いて当然みたいにお二人は話されています。
それにしてもお二人は仲睦まじくて、どう見ても恋人同士にしかみえません。加納さんはそのカズ君と呼ばれる男性の傍にいられるだけで幸せって感じがアリアリと伝わって来るだけでなく、出しゃばらずに常に立てようとするのが良くわかります。
「お二人は恋人同士なのですか」
「違うわよ。ただの幼馴染のお友達」
「そうは見えない・・・」
「恋人同士の時もあったけど、意地悪なカズ君は元に戻してくれないの」
「意地悪はないやろ」
「はい、はい、それは、それは大切に扱って頂いてます」
そういって顔を見合わせて笑っておられました。ここで思い切って。
「コトリ先輩のことを、どう思われていますか?」
「ボクにとっては雲の上の女性だよ。それを言ったらシオもそうだけどな」
「もう、カズ君ったら、いっつも、そうやってはぐらかすんだから」
そこから加納さんとコトリ先輩が、高校時代にいかに人気があり、二人が歩くだけで大変な騒ぎになっていたお話を、オモシロ、おかしく聞かせて頂きました。カズ君と呼ばれる男性のお話は、本当に面白くて、楽しくて、私もサキちゃんも笑い転げてしまいました。そんな学校が本当にこの世にあるんだってところです。
そうそうカズ君の苗字は山本です。これはマスターが『山本先生』って呼んでいたのでわかりました。こういうお店では苗字まで呼ぶことは少ないはずですが、加納さんも『先生』ですから、苗字付きで呼んだのだと思います。
結構長い時間あれこれ話をさせて頂きました。お二人も余程楽しかったみたいで、
「また、一緒に飲もうよ。ご飯ぐらい御馳走するよ」
「そんなぁ、お二人のお邪魔になったら申し訳ありません」
「カズ君はね、ああ見えて、見え見えのオベンチャラは言わない人なの。今日だって、一緒に飲もうって言ったでしょ。あれはね、普段そうそうはないことなの。私も少しビックリしたぐらいよ。だから、素直に御馳走してもらったらイイよ」
「シオ、そこまで言うか」
「だって、本当のことだもの」
そこから、サラっと私たちの分まで払って二人は帰られました。
「格好イイ」
「うん、あれこそダンディじゃない」
「ちょっと違うと思うけど、イイ男なのは間違いないわ」
コトリ先輩の恋のお相手の男性は、先輩の言葉通り、イケメンでも、スタイル抜群でもありませんでしたが、一緒にいるだけで心がホカホカするというか、やすらぐ感じがします。優しいという言葉では全然おさまり切らない、もっと心地よいものがあるのが、なんとなくわかりました。
あれだけの男ならコトリ先輩が夢中になるのもわかりますし、加納さんが熱中するのもわかる気がします。私もああいうタイプの男性を初めて知った気がします。コトリ先輩が言った、
『お世辞抜きの世界一イイ男』
これがピッタリ当てはまります。それでいて、全然堅苦しくなくて、初対面の私たちをあれだけ楽しませてくれたのです。帰り道に、
「サキちゃん、これは誰にも内緒にしといてね」
「なんの話?」
「さっき加納さんと一緒にいた男の人だけど、コトリ先輩の恋のお相手なの」
「えっ、じゃ不倫現場だったの!」
「結婚してないから不倫じゃないよ。そうじゃなくて、今ね、コトリ先輩と加納さんはあの男の人を争ってるの」
「そうなの。でもあの二人で飲んでたってことは、加納さんが勝っちゃったの」
「それも違うの。コトリ先輩もああやって、あの人と二人で飲んでて、競っている真っ最中なの」
「そうなんだ。でもあの男の人なら、コトリ先輩にもピッタリだと思うし、加納さんも譲らないだろうなぁ」
「どっちが勝つと思う」
「う~ん、コトリ先輩が負けるような相手なんていないと思っていたけど、加納さんの美しさは別格なんてものじゃないよ。それに、あそこまでの美人って、お高く留まって性格悪いのが多いものだけど、加納さんは全然そんな感じじゃなかったもの」
「私もそう思うの。でもコトリ先輩に勝って欲しい」
「わたしも」
サキちゃんも私も、なにか怖いような恋愛絵図を見せられた気分でいっぱいでした。
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