ユッキーという人
私がコトリ先輩の恋の相手らしい人とバーでたまたま会って話をしたのを、コトリ先輩に話したら、ぜひその時の様子を知りたいと私は食事に誘われました。今回はカウンターだけの和食屋さんです。
「シオリちゃん、綺麗だったでしょ」
「はい、実際にお会いすると息が止まりそうになりました」
「そうでしょ、そうでしょ、あれが女神様の美しさなの」
恋のライバルにも関わらず、コトリ先輩は無邪気に加納さんの美しさを褒められます。前の時の加納さんの態度と合わせても、二人の仲は友達として良さそうです。
「世界一イイ男のカズ君見てガッカリしたでしょう」
「えぇ、はい・・・」
コトリ先輩もカズ君って呼ぶんだ。
「正直なところ、第一印象はちょっと・・・」
「はははは、イイのよ。気にしなくても、素直な感想だと思うわ」
「でもお話させてもらうと、とっても心の温かい人だとよくわかりました」
「もうそこまで、わかっちゃったの。ヤバイな、シノブちゃんにカズ君さらわれちゃうかな」
「滅相もありません。コトリ先輩や加納さんと争うなんて夢にも思いません」
コトリ先輩が山本先生の話をする時は、本当に楽しそうで、幸せそうです。ちょうど加納さんが山本先生の隣にいて幸せそうだったのを思い起こさせます。
「今日はシノブちゃんに、特別のモノを見せてあげるわ」
「なんですか」
「ほら」
立派な指輪です。いや立派過ぎる指輪と言った方が良い気がします。
「カズ君にもらった婚約指輪なんだ」
「凄い、凄い指輪ですねぇ」
「これをもらった時は、人生で一番幸せな瞬間と思ったものよ」
山本先生は医者ですが、いくら医者でも、これだけの指輪を贈るのは並大抵のことじゃないのは、私でもわかります。そこから、馴れ初めからドラマチックなプロポーズに至るまでのお話を聞かせて頂きました。
「ところで、ユッキーさんて先輩と加納さんにとってどういう人なんですか」
「カズ君にとって最高のパートナーだった人よ」
そこからユッキーさんと山本先生の話を聞かせてもらいましたが、見ず知らずの私でも思わず涙が出そうになるほど切なくて、美しくて、悲しいお話です。
「今はね、コトリとシオリちゃんで争ってるけど、二人でもユッキーには遠く及ばないのよ。あの桁外れのピュアさにどうしたって及ばないの。でも、ちょっとでも近づこうと努力しているの」
コトリ先輩は少し遠い目をしてられました。コトリ先輩と山本先生の関係はおおよそわかりましたが、あの加納さんが、あれほど山本先生に入れ込む理由がもう一つわかりません。
「加納さんって、高校の時からあの人が好きだったんですか?」
「違うよ。シオリちゃんがカズ君にほれ込んだのはね・・・」
これもまた胸が熱くなるお話です。あの加納さんに苦境時代というか弱り切っていた時期があって、それを懸命になって立ち直らせた話は感動的でさえありました。だから加納さんが、あれだけ山本先生を常に立てられようとするのも、なんとなくわかった気がします。言ってみれば人生の恩人でもあるからです。
「シオリちゃんがカズ君の世話になってから、もう十年になるけど、その時からずっとカズ君一途なんだよ。コトリとカズ君の話をする時にも目がメラメラ燃えてるもの。もっとも、その時のコトリの目も燃えてるかもしれないけどね」
こうやって聞いていると、先輩、加納さん、ユッキーさんの関係が少しだけわかってきました。なんか途轍もないレベルのお話ですが、山本先生は先輩や加納さんさえ凌ぐユッキーさんと結ばれてしまったので、先輩や加納さんのアタックですら、他の男のようにすぐに舞い上がらないぐらいでしょうか。
「それでね、ユッキーは今でもカズ君の心の中に住んでると思うの」
「思い出としてですか」
「それは、もちろんだけど、ユッキーの心が本当に可愛い奥さんをやっているとしか思えないのよ」
「それじゃ、先輩がアタックしても・・・」
「ちょっと違うの。ユッキーはカズ君の最高の女性だったし、ユッキーにとってもカズ君は最高の男性だったの。文句の付けようのない最高の組合せだよ。そんなユッキーが願っているのはカズ君を幸せにすることのみなの」
「どういうことですか」
「ユッキーはカズ君が他の女性と結ばれて幸せになって欲しいと願っているの。これは、コトリにも、シオリちゃんにもわかっていることなの。そんなユッキーに選ばれたのがコトリとシオリちゃんなの」
なにか不思議なお話ですが、なんとなくわかる気がします。だって、うちの会社にも天使の微笑み伝説がありますからね。ありゃ、伝説と言うより、現実の大問題で、会社をあげて微笑みを守ろうとしているぐらいですから。
ここまで黙っておこうと思っていたのですが、山本先生と加納さんに、また食事に誘われた件を話すと、
「良かったわね。カズ君にしたら珍しいことよ。よほど気に入られたのかな。ひょっとしたら、シノブちゃんもユッキーに選ばれたのかもしれないよ。シノブちゃんもカズ君が気に入ったなら頑張ってもイイよ。ただし大変なのは覚悟しておいてね」
私はブルブル首を振りました。まるで天上界の至高の美女が争う最終戦争に私が参加するみたいで、怖くて、怖くて。
「そんなに怖がらなくても。会ったから知ってると思うけど、優しい人だし、話だって面白いし、シノブちゃんが退屈しないように、ずっと気をつかってくれるから安心しておいてイイよ。きっと美味しいものを食べさせてくれるよ。それと間違っても襲われたりしないから。襲うような人なら、コトリもシオリちゃんも喜んで襲われて結ばれてるわ」
でもなんとなく興味はあります。コトリ先輩と加納さんがこれほど恋い焦がれる山本先生をもう少し知ってみたいのは本音です。
「それとね、これはコトリの頼みだけど、シオリちゃんも来てたら、ユッキーの予言の話を聞きだしておいてくれない」
「予言ですか?」
「そうなの、ユッキーが意識を失う直前にシオリちゃんはユッキーに呼び出されて会ってるの。その時にコトリとシオリちゃんの運命に関係する予言を残してるのよ。私もシオリちゃんから聞いたんだけど、あれで全部かどうかはわからないの。とにかく、聞いたのはシオリちゃんだけだからね」
「頑張ってみます」
「頼んだわよ」
私は山本先生のことを話すコトリ先輩の目が、間違いなく燃え上がってるのを見ました。コトリ先輩のあんな目を見たのは初めての気がします。そういえば加納さんの目もあんな感じでした。
二人がどれほどの想いを込めているのか、どれほどのものをこの恋に賭けているのかがわかります。人をこれほど好きになれるものなのでしょうか。私だって恋愛経験はありますが、ここまで想い入れてのものはありません。
コトリ先輩が勝てば良いのですが、もし負ければ、二度と天使の微笑みは見られないかもしれないと本気で感じました。
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