記憶

 中に入ると、そこは、ある部屋の中だった。

身体は思う通りに動かせない。ここは記憶の中なので、記憶の通りにしか動けないのだ。例えるなら、VRの映像のような感覚だ。

 一つだけ違うところは、五感がちゃんとあるところである。


 私は、ベッドの上にいた。

熱が出ているのだろう。ぼーっとする。

くまさん柄の布団をかぶって寝ていた。

多分ここは私の部屋だ。大人になった今でも使っている。



 こんなに鮮明に思い出すものなんだなあ、などと思っていると、視界に男の人が入ってきた。よく見ると、私の父だった。

ちょっと若くなったけれど、分かった。


父は、ベッドに座り、私の頭を撫でた。


「辛かったんだな。ごめんな、なにもできなくて」


 父は私にそう話しかけた。しかし、私にはなんのことか分からない。

この記憶は、母が亡くなってしまった後のものなのだろう。



 やがて父は、この部屋を出ていった。

 トイレに行きたくなったのか、私は起き上がって、部屋の扉に向かって歩き出す。



 そして、ガチャリ、と扉を開けた。



――――――――――



 扉の向こうは、廊下ではなく、別の場所だった。

なるほど。扉を開ける度に違う記憶に切り替わるのか。


 そこは、遊園地だった。

確か、私が小学生のときに潰れた所だ。

軽快な音楽に合わせてピエロが踊っている。

私は、二人と手を繋いで歩いていた。

父と――母だった。


 母は、笑顔でこちらを向いていた。父は、とても楽しそうだ。もちろん私も。スキップしていた。

私は母を、写真でしか見たことがなかったので、こうして動いているのが、少し不思議だった。

母は、とても優しそうだ。良かった。


「どれに乗るかい?」


父に訊かれると、私はキョロキョロ周りを見渡した。どれも魅力的に見える。


「あれがいい!」


私がそう言うと、父も母も喜んで、それにしよう、と言ってくれた。

それは、大きな観覧車だった。



 観覧車は、結構高いところまで上り、ちょっと怖かった。でも、景色はとても綺麗だった。

私ははしゃいで窓の外を見て、ずっと笑っていた。



「次は何がいい?」


降りた後、母が訊いた。


「次はあれがいいな!」


指さしたのは、お化け屋敷だった。

古ぼけた家のような風貌だ。


「えー?大丈夫かしら?」


母が言うと、


「みんなで入れば大丈夫だろ」


と父が言った。

誰も並んでいなかったので、早速向かった。


「じゃあ、入るよ!」


私は、ガチャリ、と扉を開けた。



――――――――――



 中に入ると、また家の中だった。

積み木が散乱している。今度はリビングで遊んでいたようだ。

……身体中が痛いのは何故だろうか。


 家には誰もいないようで、テレビがついていた。教育番組が流れている。


身体を動かす度に、軋むように痛む。

お腹も空いてきた。


 テーブルの上を見ると、割れた写真立ての中に、いつぞやに撮ったピエロとの写真が入っていた。


「ただいま!」


 母の声がした。どこかから帰ってきたようだ。


「ごめんね、ごめんね」


すぐに私の所に駆け寄り、抱きしめてきた。

とても暖かい。


「よし、今日はレストランに行こう」


二人の間で何があったのかよく分からないが、とりあえずご飯を食べに行くようだ。


「うん!」


 私は立ち上がって玄関へと向かう。

そして、ガチャリ、と扉を開けた。



――――――――――



 次は、また家の中だった。

今はご飯を食べているところだ。

そう自覚した途端、頭に激痛が走った。


「なに!?その箸の持ち方は!」


……この声は……


「何回言ったら分かるの!お前は!」


頬、頭、お腹、と次々と痛みが襲う。

私は食べていたものを全部吐き出した。


……声の主は、紛れもなく、母のものだった。

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