記憶の扉

千代田 晴夢

扉を開けたら……

 私は、小さな店の前に立っていた。

「扉の店」。

小さな看板には、そう書いてある。


 ふーっと息を吐いた後、勇気を出して、店のドアをゆっくりと開けた。



「いらっしゃいませ。初めての方ですか?」


出迎えたのは、派手なスーツを着た、つり目で、ちょっと怪しそうな笑顔の、男の人だった。

うん。帰ろうかな。


「いやあ、帰るなんてもったいないですよ。せっかくいらっしゃったのに」


……心読まれた!?

やっぱり怪しい。


「まあまあ、何か目的があっていらっしゃったんでしょう?ふふふ、よかったら私に話してみてください」


まあ、話すだけなら。


「……私には、小さいころに他界した母がいます。

でも私、その母の顔を全く憶えてなくて。だからまた会いたいと思ってるんです。……さすがに無理、ですかね?」

「いいえ、できますよ。私の仕事は、みなさんの記憶の扉を開いてあげることですから。もちろん、小さいころの記憶も大歓迎です」


「そう、ですか。じゃあ、ちょっとやってみようかな。……おいくらですか?」

「一回一万円です」

「たっか!!」

「仕方ないですよ。ここでしかできないことですし。貴重な体験になると思いますがねえ。ふふふ」



 結局、一万円を払い、やってみることにした。

私はこの、怪しい店の人に案内され、店の奥にある緑色のレトロな扉の前に来ていた。

まあ、失敗しても、話のネタにはなるし、いいよね?


「心の準備ができましたら、この扉を開けて、中に入ってください。

しばらく真っ暗な道が続き、また扉が出てきます。それを開ければ、後はあなたの身体は勝手に動きます。記憶の通りに。

……ふふふ、有意義な時間になることを願っておりますよ」

「……じゃあ、行って来ます」



私は恐る恐る扉を開け、ゆっくりと一歩を踏み出した。



――――――――――



 中に入ると、バタン、と音が鳴り、扉は閉まった。

真っ暗だが、まっすぐ進むだけなので、怖くはない。



 母に会いたい。

店の人に言ったことは事実だが、本当はもうひとつ、ここに来た理由がある。

それは、母の死因だ。

実は私には、五歳くらいから、母が死んだあたり――六歳くらいまでの記憶が一切ない。


「お母さんは、どうして死んじゃったの?」


 父や親戚に何度も尋ねたが、誰も教えてくれなかった。

さらに、母と暮らした記憶も一切無いため、母がどんな人だったのか、どんな暮らしをしていたのか、知りたいのだ。



 多分これは、一種の催眠術のようなものだと思う。

人の脳の奥深くに眠っている記憶を呼び覚ますのだ。どうやってやるのかは分からないけれど。




 考えているうちに、暗闇の中に、ぼんやりと光る扉が出てきた。

私はガチャリ、とドアノブを回した。

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