最終章(4-3)
自分の学生時代を振り返る。
今まで逃げてきた過去の出来事に向き合う時間がついに始まった。この時間が本当に意味のある時間になるのだろうか。自分の過去を振り返ることが、「自分探し」の答えになるのだろうか。
そんな疑問を抱きながらも、サイト内にズラッと並んだ「質問集」とやらを眺める。
最初の質問。
Q1 小学校の時、心から楽しいと思えたことは?
これは、すぐに答えられる。
A 友達とサッカーをしたことだ。毎日のようにサッカーで遊んでいた。正直下手だったけど、それでも心からサッカーを楽しんでいた。
いや、だから何だって話だ。友達とサッカーしていたことを思い出して、自分探しにつながるのだろうか。まだ自分のことがまるで分からない。とりあえず次の質問
Q2 小学校の時の出来事で一番後悔していることは?
これは答えたくないと思った。でも頭の中にはあの頃のことが蘇っている。
A 僕は人をいじめていた。友達と一緒にある人のことを傷つけた。ダメだということはわかっていた。でも友達がそれを続ける以上、僕も続けなければいけなかった。自分の心の中の「善意」とやらを殺して、いじめ続けてしまったのだ。しかも、何が最悪かって、当時の僕はいじめを素直に楽しんでいたのだ。今となっては後悔しまくっている。忘れたくても、忘れられない事実だ。
もういい。やめた。
過去の過ちを掘り下げる意味が分からない。
スマホを枕の横に置き、しばらく仰向けのまま目を閉じた。
学生時代を振り返ることは、僕にとっては奈落の底に自ら落ちに行くようなものだ。
これ以上続けても意味がない。
このまま目を閉じたまま寝てしまいそうだ。そう思った時、僕の目の前に長岡先生が現れた気がした。目は閉じたままだ。意識はあるから夢ではない。
そして先生はこういった。
「進は何か大事なことを忘れてる気もするな~」
今日、先生がさりげなく僕に言った一言だ。
大事なこと。何だ大事なことって。先生はそれを知ってるってことか?
自己分析をすれば、その大事なものが見えてくるというのか?
そんなはずない。
でも今の僕にはその道しかない気もした。
ただでさえ、自分探しに苦しんでいるのに、その長岡先生のアドバイスを無視したら、そこには「無」しかないような気がした。僕は今「自分らしさ」という壁の前にいるのだ。その壁を越えるためには、もうそれ以外、術がないような気がした。
よし、やろう。向き合おう。
僕は体を起こして、枕の隣にあったスマホを手に取り、パスワードを入力し、グーグルを開き、再び質問集を見た。
Q3 中学校の時、心から楽しいと思えたことは?
さっきの質問の中学校バージョンか。
A 水泳をしている時だ。プールに飛び込む瞬間が好きだった。普段とは全く違う世界に飛び込んだような感覚に陥る。水をかいて、スイスイと進んでく感覚、仲間たちとそれを共有すること、すべてが好きだった。
Q4 中学校の時の出来事で後悔していることは?
A これは厳密にいうと、2つある。1つは、水泳部員の一人に怒鳴ってしまったことだ。その人の気持ちを理解せずに、ただただ自分の価値観を押し付けてしまった。
2つ目は、大会で無理をしすぎて、怪我をしてしまったことだ。
県大会直前、僕は張りきって練習をしすぎてしまった。そして当日、レースで泳ぎ切ることはできたものの、膝にかなりの痛みを感じた。病院で診てもらった結果、膝の靭帯が損傷していたらしい。その怪我は致命的なものらしく、結局それ以降激しい運動することを禁じられた。高校でも水泳を続けたかっただけに、ショックがデカかった。あの時練習をしすぎなければ、、、あの時自分を見失うくらい水泳に必死になってなければ、、、
いけないいけない。今、後悔して立ち止まっていても仕方がない。とにかく今は質問に答え続けよう。それしか道はないのだ。
Q5 高校の時、心から楽しいと思えたことは?
A 高校は正直、本当に何もかもが終わってた。ある意味一番の黒歴史かもしれな い。
水泳を失った僕は、他の道を考えることもなく、ただただ遊んでいた。友人にオシャレを教えてもらったり、放課後フリースロー対決したり、彼女をつくったり。本当に何もしなかった。「自分らしさ」みたいなものとは無縁だった。でも僕はその生活を無理にでも楽しもうとしてた。友人の目、他人の目を気にしながら、生きてたと言っても過言ではない。
Q6 高校の時の出来事で後悔していることは?
A もちろん、自分を見失っていたことだ。しかも、それが僕だけで、友人たちはしっかりと「自分らしさ」というものを見つけていた。友人はいつの間にか、それぞれの道を進んでいた。僕は取り残された。結局何もしないまま、ただただ勉強して、行きたくもない大学に入学した。
高校の時、水泳に代わるような、何か自分にとって大事なものを見つけ出せばよかったのだ。
結論、
学生時代は楽しんでいた。でもそのほとんどは、無理に楽しもうとしているだけだったのかもしれない。大人になった今だからこそ、それを理解できる。その当時も同じようなことを思うことはあったが、結局その思いを受け流し続けた。自分らしく生きることを捨て続けた。友人に嫌われないように、変だと思われないように、生きてきた。
僕は違う「誰か」になっていた。
違う「誰か」を演じていた。
演じて……いた……
ん?
その時僕の頭で何かが弾けた音がした。
弾けた瞬間、頭の中にいろんなものが降ってきた。
それは、面白いアイデアというか、感情というか、セリフというか…
なんだかわからないが、僕はその思いを大事にしたいと思った。
無意識に体が動いた。
机の引き出しから、キャンパスノートとシャーペンを取り出し、机の上で今頭の中に降ってきたものを言語化した。文章を書き続けた。書いてる最中、シャーペンの芯が何度も折れた。
腕が痛くなるくらい、大量の文章を書きつづけた。字が汚くてもどうでもいい。がむしゃらに走るかのごとく、書いて、書いて、書き続けた。
自分の頭の中の「何か」を全て言語化し終わったとき、目の前には演劇の台本が誕生していた。
…これは、良い作品になるぞ……。
正直、短時間で書いたから、文構造自体はぐちゃぐちゃかもしれない。
でもこれはかなりいい作品になると思った。
明日、長岡先生のところに行って、この台本を見せよう。
なんだかワクワクしてきた。早く明日になってほしい。
明日を生きる活力が生まれて満足したので、部屋を出て、階段を降り、晩飯を食うことにした。
母親が作ったハンバーグにかじりついた時、ふと自己分析のことを思い出した。
やべ、まだ質問に答えてる途中だった。忘れてた。
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