最終章(4-1) 前澤 進 21歳
「働き方改革について考える時代です。私は皆さんに快適な環境の中で働いてもらいたいと思ってます。できるだけ残業を減らし、残業が出た場合はしっかりと残業代を支給することを保証しています。最近は在宅ワークも推進しており……」
もうこの話を聞くのは6回目くらいだ。
どの企業説明会に行っても、こんな話ばっかりだ。肝心な仕事内容はあまり頭に入ってこない。
それほど人手が足りていないのだろうか。先輩から聞いた話だが、「無駄に働き方改革を推進してますアピールをしてくる会社」は要注意だ。それほど人手が足りていないため、いざ入社したら、聞いてた話と全然違うような生活が待っている可能性が高いらしい。
そのアドバイスに従うなら、今のところ僕が説明会に行った会社はすべて「要注意」のフラグがたっている。
結局そこらへんの問題については諦めたほうがいいのだろうか。会社の指示に従うしかないのだろうか。
そうするしかないのだろう。別にやりたい仕事とかないし。
でもどうせならやりたいと思ったことをやりたい。
そんなことを考えていたら、いつの間にか説明会が終わっていた。質問タイムは意識高い系の雰囲気を醸し出す2人が質問をして、あっという間に終了した。
「いやーなかなかよさそうな会社だったな。ITとかも面白そうだな!」
「いや、お前途中寝てただろ」
優雅はてへっと舌を出す。まあ僕も途中から話全然聞いてなかったんだけど。
「まあいうて、行きたい業界はほぼ決まってるからな。他の業界も一応話聞いておこうと思って、お前についてきたんよ」
「え、優雅どこいきたいの?」
「今んとこ、出版会社とかかな。あ、お前真似すんなよ?倍率高くなるから」
「いや、別に真似しないけど」
優雅がなんとなく行きたいところを決めてることを知って、慌てる。僕は強がって、出版会社に行きたい理由を彼に聞かなかった。そのまま話をそらす。
「大学行く前に昼飯行こーぜ」
「いいね!あ、この近くにある家系ラーメン、超うまいらしいぜ!」
「よし、そこだ」
これから、僕たちが通ってる大学で就活説明会がある。その前にちょっと腹ごしらえ。
「んま!!やっぱ家系ってハズレないよな!」
説明会後のラーメンがうまい。優雅と一緒に豚骨しょうゆラーメンと白飯にがっつく。高校の時は、ラーメンと白飯を一緒に食うなんてありえないと思っていた。
今ではこのありさまだ。これも年を取った証拠なのだろうか。
「てか、俺はてっきり、進は就活しないんだと思ってたわ」
麺をすすってる時に突然そんなことを言うもんだから、むせた。
「ゴホッゴホッ…な、なんでそう思った?」
「いや、お前めちゃくちゃハマってたじゃん。演劇」
僕と優雅は大学に入学してからのこの4年間、演劇サークルに所属していた。たまたま授業が一緒で友達になった優雅に誘われて、いつの間にか入団し、いつの間にか演劇にハマり、いつの間にか脚本を書くまでにもなった。
優雅の言う通り、確かに僕は演劇にハマってた。
いや、でも…
「いや、でも…さすがにこれから先も演劇をするなんて無理でしょ」
「そお?」
優雅はそれだけ言って、再びラーメンにがっつき始めた。
そこでその話は終わってしまったが、頭の中に「演劇」という文字が残り続ける。
「演劇か…」
思わず声が出てしまった。
「ン?にゃんか言っつあか?」
優雅が麺をすすりながら、僕のボソッといった独り言に反応した。
「いや、何でもない」
何でもなくはないけど。お前のせいで、演劇という言葉が頭から離れなくなったじゃねえか。と、心の中で言っておいた。声に出てないよな?一応確認。
っていうか、いったい僕は何を考えているんだ。どうして演劇という言葉を聞いて、こんなにも心が動かされるような感覚になるのだ。やめろ。僕はちゃんと就職して、安定した生活をするんだ。そのほうがマシだ。そのほうが幸せだ。
そう自分に言い聞かせたら、心が落ち着いた。よし、と心の中で呟いて、再びラーメンと白飯にがっついた。
うんまい。やっぱりこういう瞬間が一番幸せだ。こういう幸せのために僕は就活しなければならない。このために僕は安定した暮らしをしなければならない。
「幸せ」をしっかりすすって、かみしめてから、ラーメン屋を出た。そして、大学へ向かった。
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