第三章(3-5)

疲れた。


 土日の2日間のうち8割は椅子に座って、教材とにらめっこしていた。休みの日もこれだけ勉強を頑張っているのに、どうして学校に行かなくちゃいけないんだ。しかも、受験で使わない教科の授業も受けなければいけない。学生の未来に責任を持つなら、この期間はもっと学生に見合った授業をするべきなんじゃないだろうか。まあ、そんなこと先生に言ったって無駄なんだけど。

 

 今日も遅刻ギリギリの時間で学校に着いた。ちょっと遅れそうだったので、上履きのカカトを踏みながら階段を上がった。廊下では、他のクラスの男子たちが騒いでいる。受験のストレス発散のためだろうか。だとしたら、話は合うかもしれない。

 それにしても、他のクラスの男子たちはこれだけ廊下に出て騒いでるのに、うちのクラスは誰も廊下に出ていない。いつもなら楓馬とその他諸々が騒いで動物園状態なはずなのに。


 あ、そういえば先週の金曜もそうだったな。その時は、教室で優斗の件で盛り上がっていた。だとしたら、今回も…

 妙な胸騒ぎを感じながら、教室のドアを開いた。


 やっぱりそういうことだった。男子たちは昨日と同じように、一つの机に集まっていた。「すげぇ~~」「まじかよ~~」という声が聞こえる。いつもなら楓馬が真っ先に俺に気づいて、おはよ~と言ってくれるが、今日は言ってくれなかった。

なぜなら今日は、楓馬の机に男子たちが群がっていたからだ。


「おーーい、おはよう。どーしたの?」

俺のあいさつでやっと彼らは俺の存在に気づく。群れの隙間から楓馬の姿が見えた。彼は満面の笑みを浮かべながら、こちらを見て、

「おはよ!!!!!!!」

と叫ぶように俺に挨拶した。

「おはよ。ど、どうしたの?」

明らかに今日の彼の様子はいつもと違った。


「いやぁぁ~聞いてくれよぉ~~。実はさ~~」

「うん」

「土曜日、原宿に出かけたのよ~~。そしたらさ~~エへへへへ」

変な笑い方をする彼に少しひく。てか、原宿なんて行ってないで、勉強しろ。

とは一応言わないでおく。

「なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」

「でへへ、でさ」

とうとう彼が口を開いた。


「芸能事務所の人にスカウトされてさ、今度の土曜撮影してもらうことになったのよお~」

「え、、、、、?」

「いやああ~なんか誰か俺の事スカウトしてくれる人いないかなーって思いながら明治通り辺り歩いてたらさ、スーツ着た若いお兄さんから声かけられちゃって」

「ん?てことはその事務所に入るってこと?」

「そうしようかな~~~って」

「、、、、、、え?」


驚くことしかできなかった。確かに楓馬は背が高く、すらっとしてるし、顔もモデルばりのイケメンだ。だとしても、まさか彼がそんな決断をするとは思ってなかった。


「そ、そしたら、受験は?どうするの?」

「う~ん、一応勉強はする。その事務所、大学行きながら所属しててもいいらしいからさ。こんなこと、めったにないだろうからさ。挑戦してみようと思ったんだよね」


すごいいい顔をしながらそう語った。今の彼は今まで以上に輝いて見えた。「芸能事務所所属」というレッテルが貼られたからか、今まで以上にイケメンに見えた。


「と、とりあえずおめでとう」

「ありがとさん!」


妙に胸騒ぎがする。なぜだろう。でも俺の中の彼が遠ざかっていったのは間違いない。俺と楓馬が同じ階段を上っているとしたら、楓馬はうんと先へ上がったような感覚だ。どんどん彼が次の段階へとステップを踏み、遠ざかっていく感覚だ。


その胸騒ぎのせいで、ホームルームのチャイムの音に気づかなかった。



****


 

「ゲッ!また負けた!」

 「よっしゃ~。今日はコーラにしようかな」

今日も俺の勝ちだ。彼をムカつかせるために、バスケットボールのように弾んで喜んでみた。

 「っちぇ。まあしょうがねえな」

彼は思ったよりもイラつかなかった。まあ今の彼は、上機嫌だからそんなことじゃ

イラつかないか。


フリースロー対決の後もしばらくバスケットボールで遊んでいた。

「芸能事務所所属」というレッテルが貼られたからだろうか。この状況になぜか違和感を覚える。でも彼は、芸能事務所へ行くことを決めても、何も変わっていなかった。いつも通り放課後に一緒に暇つぶしでバスケができて、なぜか安心した。


 「俺さあ、正直ちょっと不安なんだよね」

バスケットボールをこちらに投げながら、楓馬が言う。

 「なにが?」

 「芸能事務所の話だよ」

楓馬が投げたボールを俺が受け取る。そのボールをまた楓馬に投げ返した。俺が投げ返したボールを彼はワンバウンドでまたこちらに投げてくる。しばらくこの状態で会話が続いた。


 「正直、声かけられたときは、やめようかなと思ったんだよね。でもその場でお兄さんの話聞くうちに、すごいワクワクする自分がいるのに気づいたんだよね」


 「、、、ほお」


 「なんかやっとやりたいことが見えたっていうか。そもそもそういう芸能人みたいなものに俺はあこがれてたんだなって」


 「、、、、うん」


 「お兄さんの話を聞いてた時に、自分の心の中に置いてった忘れものを思い出した気がしたんだ」


 「、、、、、、、、」


 「、、、、ちょ、話聞いてっか??」


 「あ、うんうん、ごめんごめん」


 「まあ確かに、俺何言ってんだろうな。自分でもわからねえや。今の話忘れて!!」


このボールのラリーが続けば続くほど、自分の心をえぐられるような気がした。

彼が何を言いたいのかは、よくわかる。


彼は、本当はこんなことをしたくないのだろう。暇つぶしでバスケなんてしたくないのだろう。

流れに乗って、何もせずにただただ暇を持て余してる自分に嫌気がさしたのだろう。


彼はやっと、暇を持て余すことで忘れかけていた「何か」を思い出すことができたんだろう。


俺にそれができるだろうか。そもそも俺は何を忘れているのだろうか。


「よし、そろそろコーラ買い行くか。俺らの彼女も待ってることだし」

「うん……」


そうして、先に自販機へ向かう彼の背中を僕は追いかけた。





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