第三章(3-4)

 俺は校門の前でオレンジジュースを堪能しながら、オレンジ色した桜の木とともに立っていた。上から降ってくる落ち葉が僕の周りを囲う。今日は珍しく俺が瑠奈を待つ側だった。

  

 「ごめーん!ちょっと用事があって遅れちゃった」

しばらくしたら、やってきた。慌てて走ってくる姿さえも愛おしく感じる。受験疲れのせいだろうか。

 「ううん大丈夫だよ。いつも俺が待たせちゃってるし」

本当は何の用事か聞きたかったけど、なんとなくやめておいた。

 「じゃあいこっか」


今日も歩道は塾へ向かう学生だらけだ。金曜だからか、サラリーマンもちらほらいる。スーツを着てワイワイしながら何か話をしている。内輪ネタだろうか。全然何を話しているのかわからない。でも楽しそうだ。俺も大学へ行って、卒業したら、あんなサラリーマンみたいになるのだろうか。想像がつかない。

「どうしたの?なんか今日元気ないね」

「え、あ、いや、ち、ちょっと受験勉強で疲れてね」

何か知らないけど、すごく慌てて瑠奈に返答してしまった。

「そっか。そうだよね」

「瑠奈は勉強疲れないの?」

「うーん、もちろん疲れるし辛いけど、調理師に本気でなりたいし、料理好きだし、辛くてもへっちゃらかな」

「そっか」

辛くても、自分の好きなことなら、平気で乗り越えられる。その気持ちはとてもわかる。

でも瑠奈のその言葉で、今の俺は好きなことができていないということを思い知らされた気がした。別に彼女にそんな気があるわけじゃないのはわかってるけど、彼女に心臓をえぐられるような感覚に陥った。それに何とか耐えて、彼女と一緒のペースで歩く。

 「私のクラスで、学校推薦で大学行く子がいてさ。そういう子見てると、慌てちゃうよね。私の進路はこれでいいのか、私は今勉強を頑張れてるのかって考えちゃう」

「瑠奈は大丈夫でしょ。絶対、調理師向いてるもん」

「ありがとう」

励ましの言葉になってるのか不安になったけど、感謝されたから安心した。

「そっちのクラスはどう?進路すでに決まった人とかいる?」

そう聞かれて、少しドキッとした。

瑠奈の質問にきちんと答えようか迷ったけど、俺はちゃんと答えることにした。


「……優斗が、野球の推薦で大学行くらしいよ」

俺はそう言って、横にいた彼女の顔をちらっと見た。彼女もこちらを見ていた。不自然に目が合ってしまって、反射的に目をそらしてしまった。

「……そっか。そうなんだ」

そう答えた瑠奈の声はいつもより、優しく聞こえた気がした。そして彼女は独り言のトーンでこうささやいた。


「…………すごいなあ」


俺は彼女の方をちらっと見る。彼女は空を見上げていた。オレンジがかった青い空を。

彼女が今何を思って、空を見上げ、何を思って、すごいなあとささやいたのかはわからない。




塾に着いた。

「じゃあ、また来週の月曜ね。塾頑張って」

「瑠奈も勉強頑張って」


さよならした後も、遠ざかる彼女の姿をしばらく見ていた。昨日と同じく、夕日の光が彼女の背中を照らす。


小さくなった彼女の姿は、やはり似ていた。今日の放課後、グラウンドの外で野球部を見ていた女子の姿に。


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