第三章(3-3)

 教室に入ると、すでにクラスメイトがたくさんいた。俺はいつも朝のホームルームギリギリで学校に着く。みんなからは「遅刻魔」と呼ばれるくらいだ。別に遅刻はしてないのに。

 

 「おはー」

楓馬がいち早く俺に気づき、挨拶してきた。彼の家は高校から近い。性格的に、いつも遅刻してそうな奴だが、意外にも毎日早めに学校に着いている。

 「おはよー。どうしたの、そんなに群がって」

今日はなぜかクラスの男子たちが同じ場所に群がっている。その場所は、優斗の机だった。

 「すげえんだよ!優斗、野球の推薦で大学に進学すること決まったんだって!これからも野球続けるってことだろ?」

 「うん、ずっと続けるつもり」

みんながさすがだなーと優斗を讃える。彼は少し照れた表情を見せながら、頭に手を置いて、ありがとう、とお礼を言った。

 彼は野球部のエースピッチャーだ。今年、公立高校ながらも県大会を優勝し、甲子園出場を決めたことで、うちの高校の野球部が話題になった。甲子園では1回戦で敗退した。話題にはなったものの、さすがに推薦は来ないだろうと思っていた。

 「へえ~。それはすげえな」

みんなの流れに乗って、優斗を讃える。そして僕は、彼に聞く。

 「いつまで野球は続ける予定なの?」

 「うーーん、いつまでかは決めてない。ただ、野球はこれから先もずっとやってたいと思うし、とりあえず大学の4年間は続けるよ」

 「そーなんだー」

ちょっと冷たい反応しちゃったかなとは思ったけど、まあいいか。


 僕は思った。彼は後先のことを何も考えていない。

確かに彼はエースピッチャーとして、野球部を甲子園に導いた。彼はこれからも続けられるなら、ずっと野球をやり続けていたいと言った。でも上には上がいる。正直、彼がこれから先野球選手として活躍するとは思えないし、大学でも活躍できるとは思えない。それでも、大学からの推薦を素直に受け入れ、野球だけをやっている彼を見て、バカだなと思う。理想主義というか、何というか。


 「俺も誰かに、推薦されねえかなー」

楓馬の懇親のボケに男子たちがバカヤローとツッコむ。僕は本気のトーンでバカヤローと心の中で彼にツッコんだ。まあ、楓馬はこう見えて現実主義だから、まだマシだが。






 「ああ~、やっぱ勉強ってめんどくせえなあ~~~。バイトし続けたほうがまだマシだわ~。金ほしぃ~」

楓馬がダルそうに言っている。右手でバスケットボールを弾ませ、左手で100円玉1枚と10円玉2枚を握りながら、一緒にいつもの古びた自販機へ向かう。今日は俺の勝ちだ。

 「俺ら、フリースローしすぎて、バスケ部よりうまくなってんじゃね?」

 「それはマジである」

俺のちょっとした冗談を彼は本気で信じた。それを本気で信じてるなら、彼はやっぱり現実主義ではなく、ただのバカかもしれない。

 自販機に着くと、彼は俺の注文通りにオレンジジュースのボタンを押そうとした。1回押す。ジュースが出てこない。もう1回押す。出てこない。連打する。出てこない。というかそもそも金を入れても、ボタンが光っていない。

 「あれ?金たりてるよな?出てこねえじゃん!待って壊れた?いや、じゃあ俺の金!」

楓馬は慌てて、おつりレバーをガシャガシャと鳴らした。すると、ちゃんと120円が彼の元に帰ってきた。

 「なんだよこの自販機!とうとうバカになったか!!」

今日は「バカ」というワードが頻出する。この高校はバカだらけなのかもしれない。

 「しょうがねえ。昇降口の方行くか」

 「え、今日はなしって選択肢ない?」

 「ダメだよ。オレンジジュース不足で死にそうだもん」

 「なんだよそれ」

彼は仕方ねえなという顔をしながら、俺と一緒に昇降口の近くにある自販機へ向かう。


その自販機までの道のりはたくさんの部活を拝見することができる。体育館の入り口から見えるバスケ部とバレー部。その外で活動しているバトミントン部。グラウンドで声を出しながら走り回っているサッカー部。みんな我を忘れて、必死な顔をしている。


 そして、野球部。優斗が苦しそうに走っている。走り込みをしているようだ。みんなが受験勉強している間にも彼は走り込み、野球をしている。なんだか腹立たしい。

 「優斗走ってる!すげえなあー」

楓馬がそう言うから、一瞬俺の心の中を見透かされたような気がして、ビクッとしてしまった。

な、と俺が言うと先に楓馬は昇降口の方へ歩いていった。俺はもう一度、走りこみをしている優斗の方を見る。彼は何を目指して、走り込みをしているのだろう。ただたださまよって、走り回ってるようにしか見えない。


でもよく考えると、俺らも先のことを考えずに、塾へ行ってひたすら勉強している。そういう意味では、俺も優斗も変わらないのかも………いや、そんなことはない。俺は現実をしっかり見据えて、大学へ行こうとしてる。現実を見てない彼とは違う。


 俺はなんとなく野球部の様子を見続けていた。野球部の後輩たちは優斗のことを尊敬しているようだ。優斗のアドバイスをみんな真剣に聞いている。

そんなグラウンドの様子を見ていると、向こうのフェンスの外で一人の女子が野球部を見ていることに気づいた。少し遠くて、顔が見えづらかったが、それが彼女だったことは確実だった。え……?


「おおおーーーーい!ジュースいらねえのかよおおーーー!」

楓馬の声が背後から聞こえる。僕は彼女の姿をしっかりと確認せずに、楓馬の方へ向かった。

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