第二章(2-3)

はああああああああああああー……

昨日の帰り道よりも遥かに大きなため息をついた。湿った風がまた僕のため息を運んでくれるが、大きすぎて運びきれていない。空も昨日とは違って、曇り空だ。やはり梅雨は終わっていないようだ。

 

 今日も稲草たちの応援の音を聞きながら、自転車を押して、帰り道を歩いた。昨日よりもどんよりした気分だ。天気のせいだろうか?いや、絶対違う。すべては水泳部のせいだ。あいつらのせいで、僕の大好きな水泳が奪われた気分だ。いっそ俺も水泳部を…


「おおーーーーい!!!」


頭の中でいろいろ考えてた時、後ろから誰かを呼ぶ声が聞こえた。この道は僕以外歩いていない。すぐに僕を呼ぶ声だと気づいた。後ろを振り返ったら、そこにはヘルメットもせずに、ギコギコと自転車を鳴らしながら、立ちこぎでこちら側に向かってくる高島の姿があった。半袖のワイシャツがよく似合っている。衣替えしたばっかなのに、だいぶ前から着てたように感じる。


「おいおい、俺を置いていくとはひどいわ!いつも一緒に帰ってるでしょん??」

「うるせえ」


わざと女言葉を使う高島は、いつも通りおちゃらけている。

高島は僕と同じ小学校で家が近い。小学生の時はそこまで仲良くなかったが、中学生になり、水泳部でたまたま一緒になって、いつの間にか仲良くなっていた。

今日は珍しく二人で自転車を押しながら帰り道を歩く。


「今日の50m、30本マジ死ぬかと思ったわ!県大会目前なのにあんな練習させるかねえ!?」


「それな」


そっけない返事を高島に返した。

それにしても、彼は昨日のことを全く気にする素振りをみせない。


いつもなら聞こえる風の音、稲草の音が彼の声でかき消される。


「それでも武田は嫌な顔しないで黙々と泳いじゃうしよお!そんでもってお前も楽勝そうに泳ぐし、さすがキャプテンと副キャプテンやな!!リレメンのバタフライ担当として、俺も見習わんとなあ~」


僕の前で、普通に武田の話をする。やはりこいつはアホだ。

今日、僕が誰とも話をしないで、部室を出て、ここまで帰ってきたことを知らないのだろうか。


「そういえば、橋本やめたから、リレメンどうなるんだろな?あいつほど背泳ぎ速いやついねえよな。やっぱエースがいなくなるとキチイなあ~」


僕の前で、普通に橋本の話をする。やはりこいつは大アホだ。

そう思いながらも、僕は高島に話しかけた。


「あのさあ」

「ん?」

アホ面をしながら僕の方を向く。


「お前は、橋本がやめたこと、どう思ってるんだよ」

僕がそういった瞬間、高島の顔が少し神妙になった気がした。アホ面から少しだけイケメンになった。


「ん~俺はお前の気持ちすげえわかるよ。だってお前、水泳大好きじゃん!学校だといつも羊みたいに控えめだけど、水泳になるとライオンに化けるんだもん!!」


気持ちがわかるといわれてうれしい気持ちにはなったが、何とも言えない的外れな答えだったから、少しあきれた。。


「でもな」

彼の顔がもっとイケメンに変わった。


「武田の気持ちもわかるんだよ」

「は?」


思わず、聞き返してしまった。強めの口調で。昨日の部室のように。

それを気にせず、彼は話し続ける。


「昨日の部活の後、部室で橋本がやめるって言っただろ?その瞬間にお前怒鳴ったじゃん?俺その時思ったんだよ。いやいや、まだやめる理由聞いてねえよおおお~~って」


僕に笑顔を見せながら、彼は話し続ける。


「お前がそのまま出てっちゃったから、こっちも気まずくなって、誰もしゃべんねえ!結局、理由も聞けずに、橋本すぐ帰っちったんだよ」

そういえば、僕も理由を聞いていない。


「でも武田はさ、橋本がやめるって言って、すぐ賛成しただろ?あいつ、たぶん理由知ってんだよな。あいつ頭いいから、理由も聞かずにやめていいぞ~っていうわけねえもん。それに、あいつだってお前と同じくらい水泳愛してるしな!!」


何も返事をせず、僕は黙り込んでしまった。ずっとかごの中のヘルメットを眺めていた。


「じゃ、また明日な」

高島はそういって別の方向へ自転車を走らせた。


 その後も、僕は自転車をこぐことなく、ただただ押して家まで歩いていた。

明日も部活がある。明日はどう生きていこうか、と考えていた。でも今の高島の言葉でやるべきことがみえるようになった気がした。

 かごの中のヘルメットに向けていた目線を前に向けた時、曇り空の隙間からオレンジ色の光が差し込み、僕を照らした。

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