第二章(2-2)

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「は?何言ってんだよお前」

思わず僕は、この部室にいる部員全員に言ってるかのような大きさで声を上げてしまった。案の定、ほとんどの部員が濡れた頭にタオルをのせたままこちらを見ていた。


「県大会まであと一週間だっていうのに、やめるってどういうことだよ!お前それがどれだけ俺らに迷惑かかるかわかってんのかよ!」


橋本は僕の言葉を聞いて、うつむいたままでいた。しばらくしてから、僕の目をしっかりと見つめ、首を縦に振った。それを見て、また声を荒げてしまった。


「はあ?お前絶対わかってねえよ!入部してから今までずっとメドレーリレーで県大会出場すること目指して一緒に頑張ってきただろ!頑張って頑張ってやっと県大会出場できたんだよ!みんなであの場所を泳げるんだよ!!なのにこのタイミングでやめるって何なんだよ!!バカにしてんのか!!」


橋本は何も言わなかった。彼と僕以外のリレーメンバー2人も黙り込んだままでいた。いつも部室で明るく元気にしゃべってる高島が黙り込んでいる姿に違和感を覚える。

いつも冷静な武田が黙り込んでいる姿にはなにも違和感はない。でもこの状況で冷静でいられる彼のことをさすがに許せなかった。僕の怒りの矛先が武田に向いた。自然と言葉が湧き出てくる。


「武田!お前だって今まで部長として、部員をまとめてくれただろ!その中の一人が、しかもエースの橋本がやめるって言ってんだぞ!悔しくないのかよ!黙ってないで何とか言えよ!!」


武田もうつむいたまま黙っていた。誰もしゃべってくれない。ここにはたくさんの部員がいるのに、独りぼっちになったような気がした。僕の怒りの矛先が部室全体に向いた。


「何なんだよ!!大事な部員の一人がやめるって言ってるのにみんな何も言えねえのかよ!こいつのことを思うなら、水泳部にいてくれって説得するのが普通だろ!!」


「やめろよ」


僕の言葉に間髪を入れずに、武田が思いがけない言葉を僕に放った。

僕は武田の方を向いたが、何も言えなかった。


「橋本が自ら下した決断だ。俺はそれを否定しない」

文武両道の武田は、いかにも頭のよさそうなことを言った。俺はそれに腹が立った。


「はあ?今まで一緒に頑張ってきた仲間だぞ?そんな簡単に辞めさせていいのかよ!!こいつのことを思うなら、仲間のためなら、やめるなっていうべきd…」

「俺はあ!!!!」


いつも冷静な武田が僕の話をさえぎって、声を荒げた。声が大きすぎたことに気づいたのか、冷静さを取り戻し、今度は俺に語りかける。


「俺は、、、橋本のことを思って、こいつの決断を尊重してんだよ」


僕は全然理解できなかった。武田の意見は明らかに間違ってる。周りの部員はまだタオルを頭にかぶったままこちらのやり取りを見ているだけだった。あきれた。


「もういい!!」


僕はスクールバックと手提げバッグを持って、さっさと部室を出てった。そのあとの部室の空気はどれだけどんよりしていたことだろう。僕には知る由もない。

──────



「ご飯いらないのおーーー??」

階段下から聞こえる母親の大声で、我に返った。


明日ももちろん部活はある。

明日から俺はどう生きていこうかと考えながら、階段を下りてった。


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