第一章(1-8)

 2人の先生によって、体育館の扉が開かれた。その瞬間、かすかに聞こえていた拍手の音がハッキリと聞こえてきた。スーツや制服を着たクラスメイトが前から順番に2人ずつ体育館にゆっくりと入っていく。僕がこの体育館の空間に入り込むにはまだ時間がかかりそうだ。

 とうとうこの日が来た。この日が来るまでの2日間は本当に長く感じた。この2日で僕はどれだけのことを学んだのだろう。数えきれない。夢を見てたんじゃないかとさえ思う。

 意外にも早く僕が体育館に入る出番になる。体育館から聞こえる拍手の音の方に吸い込まれていく。体育館の中にはたくさんの在校生、保護者、先生が「待ってました!」とばかりに拍手をしながらこちらを見ている。たくさんといっても、他の学校からみたら少ないし、小規模な卒業式なのだろう。僕の体が勝手に自分の席まで動いていく。まるでロボットのようなスピードで歩いていく。誰かにコントロールされているような入場の仕方に恥ずかしさを覚える。早く終わってほしかった。

 校長先生やPTA会長の話は、昨日の予行練習とは、桁違いの長さを感じた。やっと「卒業証書授与」に入ったが、これがまだ、序盤だと考えると、嫌気がさす。

卒業証書は一人ずつ名前を呼ばれて渡される。僕は入場のとき同様、卒業証書も最後の方に渡される。

「中川希」

先生が名前を読み上げる。

「はい!」

希が返事をする。サッカー少年らしい良い声だ。スーツだからだろうか。ステージに立つ彼はいつも以上に男らしく見える。

「杉本翔平」

「はい!」

これから背が伸びるであろう翔平は高い声を上げた。でもステージに立つ彼は、勇敢な戦士のようにも見える。

「須藤勇気」

「はい!」

勇気もまだかわいらしさがある。これが中学生になって、大きくなってしまうと思うと悲しい。

それぞれが個性のない声で返事をし、流れ作業のように、証書を受け取る。まるでどこかの会社の製造現場のようだ。

 そして彼女の出番が来た。

「西村夏輝」

「・・・・・・」

返事はなかった。ステージにも、体育館にも彼女はいない。ステージ上で彼女の証書を持ってた教頭はその場にそれを置いた。そして次の人の名前を呼ぶ

 そう、彼女は卒業式に来なかった。理由は正式にはわからなかった。でも彼女は昨日、「卒業おめでとう」と最後僕に行ってきた。たぶん昨日の時点で彼女は卒業式には来ないと決めていたのだろう。僕は彼女が来ないことを知って、少し悔しくなった。最後に言いたかった。今までごめんと。そして、ありがとうと。

 それ以降はあっという間に時が過ぎていった。祝辞だなんだ、在校生の言葉だなんだとか言ってたけど、ほぼ覚えていない。気づいたら、僕たちが歌う番になっていた。

 ピアノの音が流れる。みんなで歌を歌う。今まで何度もこの歌を歌ってきた。口が勝手に動く。勝手に動く分、僕は頭の中でいろんなことを考える余裕があった。

 今までのこの6年間、一番楽しかったのは、希、翔平、勇気とサッカーをしてる時だ。一番熱中できて一番自分らしくいられる時間だった。これから僕たちは、同じ中学校に入学する。ただし、生徒がたくさんいて、クラスがたくさんあって、クラス替えなんて当たり前の学校だ。僕たちは中学校でも同じようにサッカーをできるだろうか。たぶんできない。僕たちは離れ離れになってしまうのだろうか。そんな気がする。だとしたら、僕が僕らしくいられる時間はどこへ行くのだろう。どこへ消えてしまうのだろう。僕はどうしたらいいかわからない。


― いま 別れの時 飛び立とう 未来信じて 弾む若い力信じて このひろい このひろい 大空に


歌いながら、体育館の窓に映る羽ばたく鳥を見ていた。僕はその鳥が彼女であるような気がした。

 彼女は、きっと若い自分の力を信じて、ひろい大空に飛び立っているのだろう。自分の未来を信じて飛び立っているのだろう。漫画家になるという未来に。

僕はそれについていけるだろうか。

 

歌が終わり、ふと我に返った時、僕は顔をくしゃくしゃにして泣いていたことに気づいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る