第一章(1-6)

 校門にたたずむ桜の木には、昨日よりもおびただしくピンク色の花が咲いていた。一日でこんなにも植物は成長するのかと感心してしまう。この桜の花も僕たちと一緒にすぐこの小学校からどこかへ行ってしまうのだろう。明日、僕たちはこの学校を去る。

 教室に入ると、そこには昨日廊下に置きっぱなしだった机、椅子がきれいに整列していた。クラスメイトたちはすでにそれぞれの席に座っていた。教室に入った瞬間、すでに先生は教卓の前に立っていた。

「おいおい、卒業前最後の日に寝坊とは何事だ!早く席つけ!予行練習前に歌の練習するぞ!」

寝坊した。昨日の夜、全然眠れなかった。昨日と今日が違う日だと思えない。昨日の事を鮮明に覚えている。あと少ししかできないであろう、希たちとのサッカーもできなかった。

 とりあえず、僕はすいませんといい、席に着き、先生のつまらない話を聞き、それからその場で立って、「旅立ちの日に」を歌う。


— いま 別れの時 飛び立とう 未来信じて 弾む若い力信じて このひろい このひろい 大空に


今の僕には、眠すぎて「弾む若い力」などない。歌う気力がない分、周りの歌声がしっかりと聞こえる。希、翔平、勇気は意外にも口を大きく上げてちゃんと歌っている。西村はどうだ?僕は希の前の席に目をやる。彼女はきちんと歌っている。彼女は今この時をどう思っているのだろう。卒業が悲しいのか、それとも嬉しいのか。嬉しいに決まってるだろう。今まで描いていた漫画を下手だ何だと馬鹿にされたのだから。

 

 予行練習が終わってから帰りのあいさつまでの時間はあっという間だった。校長先生のあいさつや来賓のあいさつが省かれる予行練習でさえ、長く感じる。明日の卒業式が恐ろしい。もし1学年何クラスかある学校だったら地獄だったろうな。

「よっしゃーサッカーじゃー!!」

予行練習中、像みたいに静かで動かなかった希たちが無邪気さを取り戻した。彼らがランドセルを勢いよく背負い、教室のドアに向かって走ろうとするところを僕は止めた。

「ごめん!ちょっと先生に用があるから先行ってて!」

「なんだ?寝坊したから、説教されにでも行くのか?」

勇気がニヤニヤしながら、冗談を言い、それにのって希、翔平も笑う。

「じゃあ、先行ってるわ~」

希がそう言って、3人は再び教室のドアに向かって走っていき、あっという間にいなくなった。

 僕は先生に説教されに行くわけでないし、先生に用なんて一つもない。僕が向かうのは職員室ではない。僕は、あいつが教室にいないことを確認してある場所へ向かった。急いでるわけではないけど、なぜか小走りしてしまった。階段を降り、まっすぐに伸びた廊下を小走りする。ドアの前についた。左手でドアを開ける。今日は優しく穏やかに開けた。なぜなら、そこに人がいることを知っているから。図書館には、昨日と同じ席に座って、漫画を描いている西村の姿があった。


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