第一章(1-4)
みんなが自分の椅子を逆さにして、机に乗せる。椅子の足にはいつ付いたのかわからないホコリと髪の毛がついている。自分で持ってきた雑巾でそれをふき取り、椅子、机を廊下に出す。大掃除なんて、いつもやってる掃除に「大規模な机の移動」と「ワックスがけ」というイベントを付け足しただけだ。何も面白くはない。
いつも通り、希たちと競争しながら雑巾がけをして、ワックスや机運びは人に任せて、ずっと廊下でしゃべっていた。
「今日はこれで終わりだろ?放課後サッカーしようぜ」
ウキウキした顔で希が言う。
大掃除の後、少しだけ卒業式のお別れの言葉と歌の練習をして、今日の学校生活は終わりだ。
この学校は基本的には全校生徒が同じ時間に下校をしなければならないが、先生に許可を得れば、しばらく学校に残って遊んでいいことになっている。
「今日、めっちゃサッカーできるじゃん!しよしよ!」
勇気、翔平、僕も喜んで希の提案に賛成した。楽しみだ。
他にもゲームの話や昨日やってたお笑い番組の話など他愛もない話をたくさんした。3人とも、さっきまで西村をいじめていたことなんて、まるで忘れているようだった。僕も彼らと話している間はそのことをすっかり忘れていた。それでも、さっきのあの不思議な感覚、感情は残ったままだった。
いつもなら教室で卒業式の歌練習をするが、教室はワックスがけされてるため、ランドセルや持ち帰る荷物をもって体育館の隣にある多目的ホールに移動し、練習をした。僕たち6年生が歌う曲は、「旅立ちの日に」だ。この時期はテレビでよく流れるし、みんな聞きなれている定番の卒業ソングだ。小学1年生の時からピアノを習ってる女子の伴奏で、小学生らしく力いっぱい歌う。力いっぱい歌うような曲じゃないのに。
― いま 別れの時 飛び立とう 未来信じて 弾む若い力信じて このひろい このひろい 大空に
力いっぱい歌うべき部分といったら、ここくらいだろうか。若い力を使って、輝く未来を信じるように力いっぱい歌いましょう、と音楽の先生が言ってたような気がする。こんな僕たちみたいな小学生がどんな未来を想像すればよいのだろう。そんな疑問を抱いてもしょうがないから、とりあえず「輝く未来を信じて生きてる元気な小学生」を装って歌う。みんなも全く同じ小学生を装って、力いっぱい歌う。さっきまで「今」を楽しんでた子たちが「未来」を信じて歌っている。
「よーし、練習終わりー。今日はここで帰りのあいさつねー。みんな明日までに持ち帰れるものは持ちかえれよー」
先生の力の弱い声は、それなりに狭い多目的ホールにも響かなかった。みんなで一緒に「さようなら~」とさっきの歌声とは真逆の力弱い声であいさつする。
「よっしゃ!!グラウンド行くぞ!!」
張りきった声で希が言う。僕たち4人は先生に許可をとってから、昇降口まで猛ダッシュし、猛ダッシュで靴を履いて、猛ダッシュでグラウンドまで向かった。ランドセルと今まで図工の授業で作ってきた作品の入った手提げバックをブランコの近くに投げるように置き、サッカーボールを取りに体育倉庫まで走って向かう。走りながら思う。この4人でこうしていられるのも残り僅かなのか。卒業後はみんな同じ中学校へ入学するのに、そんなことを思った。
それと同時になぜかあることを思い出した。
「あ!!やべえ!!図書室の本返すの忘れてた!!ごめん、返してくるから先にやってて!」
僕はこう見えて読書好きだ。
「なんだよおー早く返して来いよー」
飽きれた声で勇気が言った。
忘れ物って意外とさりげないときに思い出す。
僕はブランコの近くに置いたランドセルから借りてた本を取り出し、昇降口まで猛ダッシュし、猛ダッシュで上履きを履いて、猛ダッシュで図書室へ向かった。その勢いのまま、図書室のドアを開けた。ガラガラガラッ!!と大きな音を立てる。図書室ではあってはならないことだけど、今は放課後だ。みんな校門前に集まって集団下校を始めている。図書館には誰もいない、、、はずだった。僕はその人を見た瞬間、心臓が止まったような気がした。ドアを勢い良く開けて、ビックリさせてしまったからではない。その人だったからだ。
そこには机の上のノートとにらめっこをしている西村の姿があった。
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