第一章(1-2)

 キーンコーンカーンコーン

今日一日が始まる合図が鳴った。全国共通のインパクトもかけらもない音。朝のホームルームの時点でまだみんなの今日一日に対するやる気が感じられないのは、このチャイムのせいだとも思える。

 先生が勢いよくドアを開け、教室に入ってくる。まだみんな席につかない。おしゃべりしたり、追いかけっこしたり、消しゴムを机の上ではじいて戦ったり、それぞれがそれぞれのことに時間を使っている。

 「おーい!席つけえー!もうチャイムなったぞおーー!」

 先生のメガホンを使ったような大声が教室に響いた。それと同時に、みんなは自分の席に向かって走り、耳をふさぎたくなるほどの床と椅子の摩擦音とともに座る。それぞれが費やしていた違う時間が先生の一つの声で一つになった。突然、みんなが同じ時間を共有しだした。

 「明後日で卒業だというのに、時間内に席もつけないんじゃしょうがないぞ」

それ毎日言ってる。決まり文句じゃん。「先生らしくしなきゃ」という心が見え見えの先生の口任せの言葉にクラス中の誰もがそう思っているはずだ。

 授業も先週ですべて終わり、卒業式の日までの残り二日は、大掃除と予行練習くらいだ。

先生も特に話すことがないのか、無駄話ばかりしている。僕は一番後ろの一番窓際の席だからみんなの顔は見えないが、つまらない顔をしているのが背中でわかる。もうすぐ卒業だというのに。別れに対してではない違う寂しさを感じる。

 そんなことを考えていると、右斜め前に座っている希が僕の方を見て、ニヤニヤしだした。手には消しカスを大量に持っている。僕はこれから何が起こるのかよくわかっている。

 彼はその消しカスを前に座っている女子にこっそり且つ思いっきり投げた。彼女の背中と後頭部に消しカスがあたり、そのほとんどは彼女のお尻の方に落ちていくが、一部は髪の毛に残っている。ところが彼女は何も反応しない。彼女は猫背になって、ずっと机とにらめっこしている。彼は再び僕の方を見て、ニヤニヤとした。それを見て僕もニヤッと笑った。自然とニヤッとしてしまった。

 「おい!!!!!!!!」

先生のメガホン級の大声が鳴り響いた。こちらを見ている。やばい、バレたか?

希の顔が僕から先生の方向へと勢いよく切り替わった。希の顔が引きつっているのが背中でわかる。怒られる。でも違った。

「西村!!!また漫画描いてるのか!!休み時間にやれといってるだろ!!」

西村夏輝(にしむらなつき)は、この消しカス事件の被害者だ。

「すいません」

頼りなく、甲高い声で、西村は謝る。

助かった。希が再びこちらを向き、ニヤッと笑顔を見せる。僕も自然と笑顔がこぼれる。

 西村は休み時間、授業中関係なくいつも漫画を描いている。休み時間、他のみんなはそれぞれが違う時間を過ごし、授業時間になると全員が同じ時間を共有しだすが、西村は違う。休み時間も授業中もみんなと違う時間を過ごす。鉛筆をもって、一人で机の上のノートとにらめっこする時間を過ごす。もともと何人かのクラスメイトと仲良くおしゃべりばっかりしていた女の子だったが、4年生になったあたりだろうか。突然、机の上の自分の書いた絵と対話ばかりするようになった。最初は休み時間だけだったが、いつの間にか授業中も漫画を描くようになり、先生に怒られているところを何度も見てきた。みんなと違う。だから嫌われたってしょうがない。しょうがないんだ。

 再びキーンコーンカーンコーンと鐘がなり、別に何の労力も使ってないにもかかわらず、10分の休み時間に入った。一つになってたクラスメイト達が細胞分裂したかのようにバラバラになる。でもやっぱり西村は違った。常に僕たちと分裂していた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る