第一章(1-1) イシカワタクト 12歳
冬にも似た春風が僕の帽子を頭からもっていこうとした。
桜の木の枝の先が丸みを帯び、ピンクがかった黄緑色をしている。
あと1か月たてば、僕もこの小学校に通ってちょうど6年になる。明後日になれば、「卒業証書」と書かれたただの硬い質の紙切れをもって、この古びた小学校を去る。
創業してから150年経つだけあって、建物もグラウンドもプールサイドもサッカーボールも桜の木も、この小学校をつくるすべての要素が疲れ果てているように見えた。
この荒れ地のようなグラウンドでこいつらとサッカーをするのもあと2,3回くらいになるのだろうか。
「おいタクト!!何よそ見してんだよ!!ボールとって来いよ!!」
希(のぞみ)の変声期間近の甲高い声でふと我に返った。ずっと桜の木を見て、物思いにふけっていた。
「ごめん~~」
頼りない声で謝りながら、僕はプールサイドの方まで転がっていくサッカーボールを追いかけた。
「あいつ、ただでさえ下手くそなのにな」
「卒業するのがさみしいんでちょうね~」
「この6年間で何学んだんだよ~~」
希、勇気、翔平の3人が冗談交じりで僕のことをからかって話している。ボールを追いかける背中でその会話と笑い声を聞いていた。だんだんとその声が小さくなっていく。
僕はこの6年間ほぼ毎日をこの3人と過ごしてきた。中途半端な田舎なだけあって、僕たち6年生の人数は17人。もちろん1クラス。全校生徒でもギリギリ100人を超えるくらいだ。クラス替えがない分、6年間すべての学校生活を同じ人と過ごしてきた。6年間ほぼ毎日この朝のホームルームが始まる前に4人でサッカーをしてきた。何クラスもあって、毎年毎年クラスのメンバーが変わるなんて考えられない。1クラスしかない分、同じ仲間とずっと過ごせる。ストレスフリーだ!この6年間常に充実してた!本当に楽しかった!
光り輝いていた小学校生活。そう信じていた。そう信じたかった。
なのに僕のこころの核となる部分に黒い黒い影が揺らいでいる。そんな感覚がした。
多分これは、いつまでたってもサッカーがうまくならないからではない。
「サッカーをしている時間以外」に問題があったのだろう。
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