第11話 幽霊の形
…………
…………
幽霊が見えたとして、
一番気持ち悪い幽霊って、
どんなんだと思う?
映画の女幽霊みたいに、目玉を剥いた、恐ろしい形相の怨霊か?
血まみれのぐちゃぐちゃになっちゃった生々しい動く死体か?
人間の原形をとどめてないような、グロテスクなモンスターみたいなのか?
みんな怖いけどな、
気持ち悪い、となると、
自分に取り憑いてる幽霊を見ちゃうのが、
一番気持ち悪いんじゃないかと思う。
…………
先輩の距離が近くなってきて、俺はやっぱり先輩を、
死んだ幽霊
という風に強く感じるようになってきた。
近づかれると、嫌な、汚れた水分が、肌を浸して、体の中に染み込んでくるように感じて、
どうにも気色悪くて、ブルッと体を揺すってしまうんだ。
で、ある夜、
洗面台の鏡を見ながら歯磨きをしていた時、
ふいに先輩が現れて、後ろから俺に抱きついてきた。
その時、
見てしまったんだ、
先輩の、正体を…………
俺は何故か以前よりずっと霊感レベルが上がって、
道ばたの幽霊なんか、普通の生きている人間と同じように見えるようになってしまっていた。
先輩の幽霊も、遠くで見ている時には普通の生きている人間と同じように見えていた。
それが、だんだん距離が近づいてきて、気持ち悪いと感じるようになって、
そして、まともに見てしまうと先輩は、
……先輩は…………
透けて見えたんだ。
エクトプラズムって聞いた事ある?
この世で霊魂が形を成すときのエネルギー体みたいな物……かな?
口から白い煙みたいなのが出てる写真なんか見た事ない?
あれだよ。
霊感レベルの上がってしまった俺は、先輩の幽霊を、そのエクトプラズムの形で見てしまったようだった。
髪や唇、肌の色が失せて、全体が白っぽい茶色の膜みたいになって、
先輩の形をしたその膜の中に、何かを見た。
何十……、何百といった、
大きなオタマジャクシみたいなのが、
互いに互いを洗うように、ヌルヌルと、泳ぎ回っていた。
俺は顔面蒼白になって鏡の中のそれを見ていた。
すると、
俺が見ている事に気づいた奴らは、ギョロリと目玉を剥いて俺を見ると、
ニタアッと、嫌らしく笑った。
そいつらは、生っ白い、尻尾の生えた、生首だった。
俺は口の中の歯磨き粉を吹き出して、ゲホゲホ咳き込んで、うがいをして、また咳き込んだ。
胃がひっくり返ったような、嫌な、臭い、酸っぱい臭いが、鼻の奥に充満した。
それが俺の内蔵の臭いなのか、奴らの臭いなのか、先輩の臭いなのか、
多分、全部だっただろう。
奴らは俺を嘲笑うように、嬉しそうに、先輩の膜の中で跳ね回った。
先輩の形が、ボコボコ、歪んだ。
俺を嘲笑う奴らに、俺は見覚えがあった。
そして、分かってしまったんだ。
先輩が自殺したのは、やっぱり俺のせいだった。
俺が好きだったとか、そんなんじゃなくて、
……俺は、先輩とデートする前に、先輩に止められていたゴミ小屋に行った。
そこで俺はそこに巣くう霊たちを見て、逃げ出して、逃げられたと思っていた。
でも実際は、俺は奴らに取り憑かれていたんだ、大量に。
奴らは俺の体の中に入り込んだ。
先輩とデートして、神聖な滝に向かっていた時に胸が押されるように感じたのは、神聖な力が、俺の中に入り込んだ汚れた浮遊霊たちにぶつかったからだ。
俺はあの時、滝にでも打たれれば良かったんだ。それで奴らを追い出して、清い体になれば良かったんだ。
でも実際は、俺は先輩にバレて怒られるのが嫌で、奴らを、体の奥に、かばってしまったんだ。
目が治って、霊感が薄れていたっていうのもタイミングが悪かったんだろう。
そして、俺は、あろうことか
先輩とキスして、口移しに、先輩に奴らを飲み込ませてしまったんだ。
霊感の強い先輩は、本来、霊の影響も受けやすかったはずだ。
先輩はそれまでずっと悪い霊に取り憑かれないように、外に気を張って、防御してたんだろう。
でも、気づかないうちに内側に大量に入り込まれて、すっかり奴らに汚染されてしまったんだ。
そして、自ら肉体を殺してしまった。
それで救われていればまだしも、先輩の魂は自由を奪われたままだった。
…………
先輩が俺に好意的だったのは正しいだろう。
奴らに取り憑かれてすっかり汚染されても、先輩の人格が全く消えたわけではない。
しかしそれさえも、奴らに利用された状態なんだ、今の先輩は。
やっぱり俺は、先輩を救わなければならないんだ。
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