第6話 神聖な場所

 夏休みになった。

 俺が事故ったのが五月の連休明けの頃で、六、七、八と、三ヶ月、二学期が始まる頃には眼帯も取れて、部活に復帰出来るかなあ……と思ってた。


 夏休みに入ってから先輩とは会わなかった。

 霊感レッスンはお互いあくまで放課後の暇つぶしだったからな。


 お盆が過ぎて数日後、先輩から、

「ひま?」

 って電話があって、翌日、会う事になった。

 ま、デートだな。


 高校生のデートの定番と言えば映画ってところだろうけど、俺はまだ眼帯が取れなくて、片目で長い時間映画を観るのはつらいんでな、日差しの強い海もNGで……先輩の水着姿は是非拝みたかったけどな、じゃあってんで、バスに乗って一番近場のA山に行く事にした。

 A山は広い自然公園が整備されて、美術館と植物園があるからな。

 美術館は夏休みの子供向けの特別展で込んでたからパスして、のんびり目に優しい植物園と緑の公園を散策した。

 実に学生らしい健康的なデートだな。

「夏休み、何してた?」

 なんて他愛のない話をしながらな。


 …………

 神社ってのは、合う、合わない、ってのがあるみたいだな。

 それまで全然信心なんてなかったから、考えた事もなかったけどな。

 霊感のある人間は、合う、合わないが、気持ちいい、気持ち悪い、って言う風に感じられるらしい。

 公園の裏に「丘」程度の低い山があって、入り口の石階段を上ると神社があって、奥の尾根を歩いて向こう側に下りていくと、滝があるんだ。

 滝って言うのも霊的に危ない所があるんだが、そこは昔、修験者が修行に使っていた所で、悪い霊はいないだろうな、と。

 入り口の神社で先輩が、

「うん、ここは気持ちいい」

 って言うんで、お参りして、向こうの滝目指して尾根を歩いていったんだ。

 三十分弱って距離だったけどな、上り下りがあるんで、ずっとトレーニングをさぼってる身にはけっこうきつかった。


 いったん山を下りて、山すそを回る形で少し奥へ歩くと、お目当ての滝が見えてきた。

 二段階になっていて、上の岩場から細く長く落ちてきた水が、中間の池に落ちて、そこからまた溢れ出た水が今度は幅広に落ちて、川になってこっちに流れてきている。

 緑がいっぱいで、涼しくて、いかにもマイナスイオンが充満していそうだった。

 二十メートルほど先のそこへ向かって歩いていくと、俺は、ふいに、

(うっ)

 と、胸を押されるような感じがして、後ろによろめくように立ち止まった。

「どうした?」

 と先輩が振り返って怪訝な顔をした。

「いや、足が滑って」

 と、俺は誤摩化して、

「そうだな、濡れてるからな。気をつけよう」

 と、先輩も特に気にする様子もなく、俺たちは先へ進んだ。


 滝に打たれる滝行をやる上の滝壺の池に裸足になって入った。

 下界は真夏で汗ダラダラなのに、冷たくて痛いくらいだった。


 上の方に山の神様を奉った祠があって、お参りした。


 下の東屋で休憩して、また山を登って帰ってきた。



 バスの時刻を待って公園でのんびりして、

 俺は……

 先輩とキスした。

 シリアスなんじゃなくて、その場のノリの、軽いやつだよ。

 その後、先輩は大笑いしてたもんな。



 それから十日ほどして、病院で眼帯を取って検査して、俺は晴れて完治を言い渡された。

 視界がうんと明るくなって、

「おお、世界はなんて美しい!」

 ってな気分になったよ。



 それから、三日後か、二学期の始まる二日前に、

 先輩は首を吊って自殺した。

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