新堂雪歩(5)
ずいぶん賑やかだな、と分かりきったことを思った。
模擬店が立ち並び、あちこちから騒ぎ声が聞こえる。門をくぐるなりあちこちから押し付けられたチラシやパンフレットで、早くも手がふさがってしまっていた。
近くの高校で催された春の祭典に、雪歩は来ていた。卒業生というわけではない。近所のお祭りだからというのでもない。本来ならいるはずのない場所にいる自分が、少し不思議だった。
もう少し、約束の時間までは余裕がある。雪歩はチョコバナナを買い、食べながらあたりを見て歩いた。
高校を卒業したのはついこの間のはずなのに、ずいぶん昔のことのように思えた。学校祭や体育祭といったイベントに力を入れ、泊りがけで準備に励むような経験を、雪歩はしてこなかった。なんとなく参加して、なんとなく終わる。そういう青春を過ごしてきてしまったのだった。
だから取り返そう、といった気持ちはない。それでも、なにか素敵なことが起こってほしかった。ほんのちいさな、小規模な奇蹟が。
しばらく歩き回ってから、雪歩は体育館に足を運んだ。
多少ゆとりをもって来たつもりだったが、体育館はすでにほとんど満員だった。ずらりと並べられたパイプ椅子の列に近づいて、雪歩はポケットから取り出したチケットを確かめる。Aの5。最前列の、かなりよさそうな席だった。
「俺ら、こんど高校のイベントに呼ばれてさ。よかったら観に来て」と、あのバンド――アンブロークン・アローズのギタリスト、片桐が渡してくれたものだった。
「来てくれたら、きっと驚くよ。本当に」
人のあいだを抜けて、雪歩は席に着いた。ステージを広く見渡せる、最高と言っていい場所だった。
腕時計に目をやる。午後二時。舞台が暗くなった。
「本日は、ご来場いただき誠にありがとうございます。わたくし、司会進行を務めさせていただきます、若槻遥と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
拍手。ステージの端に立っている少女のアナウンスは滑らかだった。
「では登場していただきましょう。アンブロークン・アローズの皆さんです」
バンドの面々が現れ、客席からは歓声が上がる。声援に応えるように手を振って、彼らは配置についた。
ドラマーが幾度か、しゃらしゃらとシンバルを鳴らす。短いフィルイン。そこから一息に曲へと突入した。
観客が競うように次々と立ち上がる。雪歩も立った。片桐がギターを奏でながら進み出てきて、マイクスタンドに顔を寄せて叫ぶ。ドラムとベースが絡み合う。耳へと流れ込んでくる、激しい音の波――。あの日のライヴハウスでの昂奮が甦ってくるようだった。
やっぱりすごい。雪歩は拳を握りしめて思った。今ならなんだってやれる、なんにだってなれる。そんな思いがこみ上げて止まらなくなった。そう、今この場所なら、奇蹟だって起こる――。
「ありがとう」
片桐が言い、それからふう、と息を吐いて、
「続きまして、スペシャルゲストに登場してもらいたいと思います。びっくりするよ、絶対」
片桐がこちらに視線を送って笑った。そんなふうに見えた。
「それじゃあ、藤間龍二、ステージに上がってきてくれ!」
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