佐倉秀平(5)

「もうじき春の祭典ですね」

 と牧島が言うので、秀平は首を捻った。

「どこのだ」

「やだなあ、我らが母校ですよ。佐倉さんだってほら、当時からカメラ回してたでしょう」

 高校の話か、と秀平。たしかに、春のイベントみたいなものがあったように記憶している。甦ってきた情景、あれはおそらく高校二年のときのことだ。映画をやろうという秀平の提案は受け入れられなかったが、記録係を任された。準備から本番、片付けまで、クラスメイト達の様子をひたすら撮影し、完成したものを希望者に配布した。自分としては良い仕事ができたと満足していたところに、友人の何人かからこう問われたのだった。

「あれで終わりじゃないんだろ。ほかにもさ、あんだろ」

「あれだけだ。出番が少なかったか? 平等に映したつもりだったんだけどな」

「違うって。俺らのことはいいんだよ。だからさ……沖野とか松原とかあのへん。撮ったんだろ?」

 クラスで人気のある女子の名が挙がった。つまり、隠し撮りした映像があるはずだろう、と言うのだった。

「ない」と突っぱねたが、彼らはなかなか信じようとしなかった。おまえだけ云々、と散々にごねられたが、ないものはない。「なんのためのカメラマンなんだよ」と言われても、そっちこそカメラマンをなんだと思っているんだ、と応じるしかなかった。

「懐かしいな」

 思わず呟くと、牧島は「そうでしょう」と笑い、

「行ってみませんか。もう一度あの、青春のきらめき的なものに触れましょうよ。ね」

「なにがきらめきだよ」

「いいじゃないですか。僕行きたいなあ。でも一人じゃなあ」

 座ったままこれ見よがしに、包帯を巻かれた足を叩く。

「おまえな、俺と二人で高校のお祭りに行って楽しいのか。虚しくならないか」

「二人?」

 牧島がにやりとする。

「佐倉さん、お祭りってのはみんなで作り上げるものですよ」

「……そりゃあそうだろうが」なんとなく気にかかる物言いだ。

「で、行ってくれるんですか」

「まあ、行ってもいいけどな」

 それはよかった、と牧島。やたら嬉しそうな表情を浮かべている。

「じゃあ機材は忘れないでくださいね。撮影の準備をばっちりしといてくださいよ」

「……なにを撮るんだよ。勝手に生徒を映したらまずかないか」

「相変わらず石頭だな。お祭りですよ? ああいう舞台でこそ、いろんなドラマが生まれるんじゃないですか。それを見逃したらもったいないと思いませんか、撮影者として」

「そうかもしれないが」

 こいつは変わらないな、と秀平は思った。頭のなかが学生時代のままなのだ。童心を忘れていない、と言えば聞こえはいいのだろうか。

「だったら決まりです。出陣までに機材を整えといてください。それと」

 牧島は意味ありげに言葉を切り、

「二時から体育館。これには絶対に行きますんで」

「なんだ。面白い出し物でもあるのか」

 秀平が問うと、また牧島がにやりとする。心底得意げな笑みだった。

「もちろん。そこで起こるんですよ。小規模な奇蹟が」

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