新堂雪歩(4)
「死んだって」
喉の奥から、呻くように声が出た。
「死んだって、どういうことなんですか」
バンドの面々は顔を見合わせ、わずかに言葉を交わす。「おまえから話してやれよ」と言われた一人が、一歩前に出てきた。
「えっと、どこから話そうかな。ちょっとややこしいんだ」
雪歩は頭を下げた。
「教えてください。お願いします」
「じゃあひとつ質問。きみが最後にトーマを見たのはいつ?」
あの日付を答えた。このライヴハウスに演奏を観に来て、終演後にたまたま、彼が倒れているところに出くわしたのだ、と説明する。
「そうか。そいつ、『自分はトーマじゃない』って言ってなかった?」
頷く。焦りを抑えて、言葉を捜そうとした。
「言ってました。でも信じられなくて、さっきまで歌ってたのに、いきなり違うなんて、どういうことなんだろうって」
「俺たちも分からなかった。でも結果から言うと、きみが見たあいつはトーマじゃない。本物のトーマは、ちょっと前に死んでたんだ」
「じゃああの人は? 幽霊?」
「まさか。ちゃんと喋ってたし足も付いてたろ。それに、手ごたえもばっちりあった。なにせ俺は、あいつをこの手でぶん殴ったんだからね」
バンドマンが握り拳を持ち上げる。ようやく思い出した。この人たちは、あのときトーマと――自分がトーマだと思い込んでいた青年と、喧嘩をしていた酔っ払いだ。
「わけが分からなかったんだよ。俺たちが出番を終えて、さてトーマを観るかと思って酒飲んでたら、いきなり電話が架かってきて、『藤間龍一さんが亡くなりました』って言われた。藤間ってのがあいつの本名ね。藤間だからトーマ。まあいいや。で、死んだってのにあいつは、ステージの上で歌ってる。さっぱりわけ分かんないだろ」
「あのとき歌ってたトーマは、偽物だったんですか。だってあんなに……」
「そう。俺らも気づかなかった。だってそっくりだろ。終わってから問い詰めたよ。おまえ死んだんじゃなかったのかよって。いま思い返すと馬鹿みたいだけど、ほんとにそう言ったんだよ。おまえ死んだんだろって」
「それで……彼はなんて」
「びっくりしてたよ。嘘だ嘘だって。自分が死んだことにすら気づかねえのかこいつ、と思った。馬鹿じゃねえのか。だって死んだんだろ。そうしたらあいつ、『龍一が、トーマが死んだってのは本当か』って詰め寄ってきた。トーマはおまえだろって言ったら、『俺は違う、トーマじゃない』って。なに意味の分かんねえこと言ってんだよ、じゃあおまえはなんなんだよこの馬鹿野郎、つって喧嘩になった。馬鹿みたい、っていうか馬鹿そのものだけどね。酔っぱらってたし、頭のなか滅茶苦茶だったしで、誰もまともに話し合いなんてできなかったんだ」
「そのあとで、本当のことは分かったんですか?」
「うん。あいつは、トーマの弟だったんだ。あんだけ似てる兄弟って、すげえだろ。見た目だけじゃなくて、声もギターもそっくりだ。ガキの頃からずっと兄貴にくっついて覚えたんだとさ。あんまりに上手いから、兄貴のトーマのほうもふざけて、『俺がいなくてもおまえが出てくれればオッケーだな』とか言ってたらしい」
「弟さん……」
雪歩は息をのむ。
「ということは、それで、あの日は本当に弟さんのほうが出ちゃったんですね」
「そういうこと。あの日、時間通りここまで来られそうにないっていうんで、トーマは弟に連絡したんだ。『おまえ、ちょっと身代わりになっててくれ』って。それで弟が来た。本来ならどこかで入れ替われるはずだったのかもしれないけど、いよいよってときになってもトーマが現れない。それでしかたなく、あいつはトーマとしてステージに立ったんだ」
「そんなことって」
「あるんだよ。終わるまで誰にも気づかれなかった。あいつは携帯切ってたから、兄貴が死んだってことを知らなかった。本当にライヴに出ちゃって、みんなを騙したって負い目もあったんだろうし、しかも偽物の自分が演奏してるちょうどそのあいだに、兄貴が死んだんだ。ショックだったろうな。俺らも、ほんとに悪いことをしたと思うよ」
「……その、弟さんは、いまどうされてるんですか」
バンドマンは俯いて、
「もう人前ではやらないってさ。でも俺たち、今でも待ってるんだよ。あいつのこと」
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