佐倉秀平(3)

「さすが佐倉さんですね。これ僕? 僕っすかあ。すごくよく撮れてる。びっくりですよ」

 まあいちおう専門家だからな、と秀平は応じた。さすがプロ、と牧島は繰り返す。

牧島がはじめに提案したのは、「少しでも誰かを楽しませられるようなサイトを作ること」だった。それなら脚を骨折している彼にでもできるし、大勢の人間に見てもらえるだろう、という算段である。秀平はそのサイトで公開すべく、動画をいくつか作成したのだった。人も物も予算も足りないのでそう大した作品にはならなかったが、牧島はえらく満足したらしく、なかでも自分がちょい役として出演している動画を、ノートパソコンで繰り返し観ていた。

「いいですよこれ。映像、写真、文章、のちのちいろんな作品を発表していきましょう。きっと誰かの目に留まりますよ」

「俺は文章は書けないぞ」

「文章は僕が書きます。まずは船出をお祝いしましょう」

 そうだな、と秀平。映像を撮るのは久しぶりだったが、牧島には想像以上に喜んでもらえたようだ。視聴者の反応も上々だという。秀平は思わず頬を緩ませた。

「やっぱり可愛いのって受けるんですね。猫が人気ですよ」

 そうか、と答えながら、部屋の隅にある冷蔵庫にしまってあった缶ビールを取り出し、牧島に渡す。猫はどこで映したのだったろうか。すぐには思い出せない。

「ま、観て面白がってもらえるなら、俺もちっとは撮った甲斐があったよ」

「そうですよ。佐倉さんは上手いんだ。日本中を泣かせるのは無理かもしれないけど、小規模な、でも忘れられないような奇蹟だったら起こせそうな気がしませんか」

「どうだかな」

 ビールを口に運ぶ。

「そういや、おまえ担当のほうはどうなってる。文章なら書くって言ったよな。小説か?」

「まだそこまでは。今のところは掲示板を運営してるだけです。そうするとけっこう皆さん、いろいろ書き込んでくるんですよ。悩みとか愚痴とか」

「で、悩みにお答えしてるわけか? それはそれで良いことなのかもしれないが、胡散臭く見られそうな気もしないではないな」

「佐倉さんに電話したときも、『宗教なら間に合ってる』って言われましたからね。そういうんじゃないのに」

「悪かったよ。まあ誤解ならそのうち解けるだろ」

「だといいんですけど」

 こいつは、熱心な思いが空回りする傾向があるからな、と秀平は思った。決して悪い人間ではないのに、口先ばかりの軽率な男と見られがちである。「口の立つセールスマンっぽいけど、最後には相手に同情して自分が損しちゃう感じ」とむかし誰かが評していたが、そのときはなるほどと思わされたものだった。

 秀平は缶ビールを干し、ゆっくり握りつぶした。二本目を開けながら、

「あれこれ作品を発表し続けていれば、そっちが主眼なんだって分かってもらえるはずだからな。俺は俺なりに撮る。それを公開してもらえれば充分だ」

「そうっすねえ。じゃあ僕も早いとこ書きますかねえ」

「具体的になにを」

 問うと牧島は眉を寄せ、「決まってませんが、小規模な奇跡を」

「楽しみに待ってるよ、おまえの頭の中で奇蹟が生まれるのを」

 すると牧島は笑った。

「ただ待ってるわけにはいきませんよ。これからどうにかして起こすんだ。僕らの手で」

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