須貝明輝(2)
軽々しく「期待してるぞ」などと言わないでほしい。しかも当人はそれで、俺は他人を励ましてやった、とばかりにいい気になっているから質が悪い。実際のところ、おまえにはそれ相応の働きをする義務があるのだ、と相手に無意味なプレッシャーをかけたにすぎず、しかも失敗したらしたで「せっかく応援してやったのに駄目なやつだ」と来るから腹立たしいことこの上ない。だったら最初から「俺はなんにもしないけど、おまえは上手いことやってね、ミスしたらただじゃすまさんよ」と正直に言ってみろというのだ。
まあ須貝なら大丈夫だろう、と無根拠かつ無責任な科白を残しては去ってゆく連中が、明輝は羨ましくてならなかった。自分もそういう具合に調子よくやるはずだったのに、今回は過ちを犯したと言わざるを得ない。よりによって役割分担を決める時期に、風邪を引いて欠席したのが間違いだった。
それにしても、肝心のイベントの内容すらまだ決まっていないというのに、周囲のお祭り気分たるやいったいどうしたことだろう。なぜそこまで能天気でいられるのか。
小学生のころの学芸会を思い出す。ろくすっぽ練習もしなかったくせに、本番の舞台に立てばその瞬間に奇蹟が起きて完璧な演技ができるものと信じていたおめでたい奴らが、クラスの半数を占めていた。当然のように大失敗のように終わった演劇について、なぜか全員が明輝に責任を求めた。真面目に練習に参加していた者は自分の努力が報われなかったと怒り、参加していなかった者はおまえがちゃんと指導しないからだと言いがかりをつけた。自分が全体の中心的立場だったのは事実にしろ、いま思えば、まともに反論するのも馬鹿馬鹿しくなるようないちゃもんである。
そうした理不尽を正すのが不可能に近いことを学んだ身としては、面倒ごとからは適当に距離を置いて難を避けるべきだと分かっていたはずなのだが。
放課後、自分の席に居残ったまま、明輝は歯噛みしていた。なるべく傷の浅い方向に持っていくにはどうすればいいだろうか。大成功は望めない代わりに大失敗もありえないような、できることなら前日の数時間くらいで準備が済んでしまい、かつ本番での負担が極小になるようなイベントとはなんだろう。一部屋確保して休憩所、というのが理想的だが、さすがにそれでは誰も納得しまい。
いちおうの経過報告が一週間後に迫っている。なにかしらでっち上げておかなければならない。アンケート用紙を配布してあったが、少しずつ集りつつある回答はまるでばらばらで、これから意見を取りまとめるだけでも相当の労力を要するのが明らかだった。
「須貝くん」
呼びかけられて、明輝は振り返った。立っていたのは同じクラスの若槻遥である。
「アンケート。何枚か預かってるのがあるから」
紙束を差し出してくる。礼を言って受け取り、ざっと眺めた。焼きそば、たこ焼き、これらはひとまず模擬店とくくってしまえばいいかと考える。お化け屋敷。そういえば今まで出ていなかった。定番だろうに不思議である。
「決まりそう?」
「どうかな」
こうも意見が分かれているとなると、いきなり話し合いでまとめるのは、まず無理だと思う。平等と思われるのはくじ引きだろうが、面白半分の少数意見が採用になったのでは困る。似ているものを統合し、数を減らしてからの決選投票という形になるだろうか。しかしそれでは、結局のところ派閥争いと化すに違いない。想像しただけで嫌気が差した。
「須貝くんはなんにしたの」
遥に問われたが、馬鹿正直に「楽そうなもの」と答える明輝でもない。わずかに考え、
「まあ俺は実行委員だし、みんながやりたいやつを」
あからさまな模範解答だと思ったが、遥はべつだん気にした様子もなく、
「わたしは、できるかどうかは別だけど、映画とかちょっといいかなあって」
驚いた。不可能だと断じるのをすんでのところで堪えた。機材も技術もなにもない、正真正銘の素人集団である。公開はおろか完成すらしないで終わるに決まっている。
さすがに遥もそれを分かっていたのだろう、じゃなかったら、と続ける。
「音楽はどうかな」
「音楽か。でもバンドはよそでもたくさん出るよ」
例年どのくらいのバンドがいたか、明輝はもちろん知らなかったのだが、十や二十ではきかないのは間違いなかった。軽音楽部や吹奏楽の面々は当然として、ふだんはどこに潜伏しているか知れないような連中が、ぽこぽこと現れてくるのである。
「誰かにゲスト出演してもらうってのは」
それはいいかもしれない、と思ったが、交渉役はおそらく自分である。人脈や伝手はまったくないし、そもそもどういう集団を呼べばいいのか見当がつかない。
うーん、と遥は考え込んでから、
「いまのとこ多数派は?」
「ざっくりくくるとまあ、模擬店はわりと多いね。食べ物飲み物系。それか、ステージ発表かな。こっちは歌も踊りも手品も講演もまとめての計算だけど。小数意見だと展示とか」
またふうん、と遥。そう予想外の結果ではなかったろうと、明輝は思った。
それから少し話し合いを続けてみたが、すぐさま結論が出るようなことでもない。別れ際に遥が「なにか手伝えることがあったら言ってね」と申し出てくれたことがその日の収穫だった。
家に帰って、部屋でつらつらとネットサーフィンをした。山積する問題から一時的にでも目をそらして、ぬるま湯に浸っていたいと思った。
数時間後、奇妙なサイトを見つけた。ワンクリックでいくつかの動画が観賞できるようになっている。映画やドラマの一場面を切り取ったような、あるいはプロモーションヴィデオのような数分足らずのものがほとんどだが、どれもなかなか凝った作りで面白い。こういうものができれば、イベントも盛り上がるのだろうと思う。人気があったのは動物を至近距離から映したもので、なかでも猫が登場するものは好評らしかった。
黒猫の動画があった。もしかするとあいつではないか、と思って愉快になったが、全身真っ黒な猫など日本中どこにだっているだろうと考え直す。
「雑談用広場」を謳った掲示板も設けてあった。へえ、と思いながら覗いてみる。
頭から流し読みしていく。動画の感想に加えて、どうでもいいような馬鹿話や愚痴も散見された。ところがそうした書き込みにも、管理人がいちいち丁寧に応じているのが目に付いた。黙殺してしまえばよさそうなものを、この管理人の態度の思いのほかの誠実さが、明輝には不思議だった。
詐欺師か変な宗教かな、と明輝は考えた。でなければよっぽどの物好きかお人よしである。どちらにしろ、こういうものをちょっと観察してみるのも面白いような気がした。
明輝はそのサイトを、ブックマークに登録しておくことにした。
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